関東大震災直後に設立された富国生命が 100年後を見据えて「規模より質を求める」理由

関東大震災直後に設立された富国生命が 100年後を見据えて「規模より質を求める」理由

米山好映(よねやま・よしてる)
1950年山梨県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、1974年富国生命保険相互会社入社。運用部門や企画部門を担当し、1998年より総合企画室長。バブル経済崩壊後の会社経営の舵取り役を担った。2002年取締役、2005年常務、2009年取締役常務執行役員。2010年より代表取締役社長(9代目)。人材開発本部長も兼ねて人づくりを推進。お客さまが安心できる「お客さま基点」の実践を目指し続ける。

二度の大戦の間に、徴兵保険会社としてスタートし、もうすぐ100年。相互会社を貫く創業からの相互扶助の精神、「最大たらんよりは最優たれ」の経営方針のもと、どんな危機が来ても、お客さまとの約束を守り続ける――。オンライン消費者コミュニティの開発・運営を手がけるクオン株式会社の武田隆代表取締役が、富国生命保険相互会社代表取締役社長の米山好映氏に同社の「企業の遺伝子」を聞いた。

(この記事は2017年11月1日収録のラジオ番組『企業の遺伝子』の内容を活字にしたものです/オリジナル番組制作:JFN、番組企画:クオン株式会社、画像提供:富国生命保険相互会社、構成・編集:編集工学研究所、番組パーソナリティ:武田隆、春香クリスティーン)

春香 さっそくですが、まずは富国生命の成り立ちから伺います。

米山 富国生命は、1923年に富国徴兵保険相互会社として創立された会社で、2018年に95周年を迎えます。

春香 徴兵保険という名称は初めて聞きました。どのような保険なのでしょうか?

米山 当時は、皆さんがご存知の生命保険と、徴兵保険の2種類の保険がありました。戦争が起こると、家族を徴兵にとられた家庭は働き手がなくなるわけですよね。徴兵保険はそこを保障する保険です。戦後、徴兵保険会社はなくなり、富国徴兵保険相互会社も、1945年9月に富国生命保険相互会社という現在の名称に変更しました。

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