難関・公認会計士資格をパスして、M&Aファームへ 受験の決意から転職活動までのキャリア形成
2009年10月1日(木)0時0分配信 CAREERzine
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資格取得で、その他大勢からの脱却をはかる人へ。ただ受かるだけが目的ではない、戦略的な資格の活用方法についてお届けします。
■現役・公認会計士協会準会員に聞く! 合格前の取り組みとその後のキャリア
会計資格の最難関である公認会計士試験をわずか2年半でパスした人物と聞いて、皆さんはどんな人物像を思い浮かべるでしょうか? 今回のインタビューに登場するのは、27歳の公認会計士協会準会員(旧会計士補)宮地俊充さん。
近寄り難い存在の秀才肌と思いきや、終始穏やかな宮地さんが大学時代に目指していたのは会計士ではなく、なんと作家。好奇心旺盛で柔軟性ある若手プロフェッショナルの横顔をご紹介します。
プロフィール
●宮地俊充(みやち としみつ)さん
1981年生まれ。青山学院大学法学部卒業後に公認会計士の勉強を開始し、2年半後に論文式試験合格。大手監査法人勤務を経て、現在はM&Aファームに所属。
大学時代はシナリオライターを目指しており、日本テレビの「電波少年的放送作家トキワ荘」に出演したユニークな経験も持つ。趣味はボクシングとアルトサックス。
■現実の世界で役立つサービス作りもクリエイティブだ、と資格試験に挑戦
――公認会計士試験を受験するまでの経緯を教えてください。
(宮地さん、以下略)僕は1人っ子だったこともあってか、すごい素直な子どもだったんです。母親からはよく「将来は医者か弁護士になれ」と言われていたので、そうなるものだと思い込んでいました。高校時代、「とにかく東京へ行こう」と思って東京にある大学の法学部ばかりを受験し、青学に入学したんです。
ところが大学に入学して最初の憲法の授業を受けたときに、「これはちょっと違うな」と思ってしまったんですね。とはいえ自分がやりたいのは何かも分からなかったので、とにかく大学時代は興味のあることを何でもやってみようと決めました。
――大学時代、具体的にはどんなことをされていたのですか?
もともと音楽が好きだったので仲間とバンドを組んで作詞・作曲をしたり、ボーカルとして歌ったりもしていました。自分に音楽の才能がないと気づいてからは(笑)、シナリオライターの勉強を始めました。僕は昔から野島伸司さんのテレビドラマやダウンタウンのバラエティーが好きで、テレビの仕事もしてみたいなあ、と。番組の企画や構成をする放送作家になれば、自分の発想で勝負できると考えたんです。
――その後、なぜシナリオライターから資格試験に進路変更されたのですか?
野島さんがフジテレビのヤングシナリオ大賞をとって、その後売れっ子作家になっていったのを知って、僕も大学4年のとき、フジテレビのヤングシナリオ大賞に応募したんですね。でも2年連続で落ちてしまった。自分なりに頑張った結果が2年連続の落選という結果に終わってしまい、相当落ち込みました。
しかしよく考えてみると、音楽でもシナリオでも、「プロ」として全身全霊をかけて本気で取り組んでいなかった自分に気付いたんです。
音楽やシナリオの分野には本物がたくさんいます。自分がその分野で名を挙げようと思ったら、そういう本物の何倍も努力しなくちゃいけない。でも当時の自分にはそれだけの情熱がなかった。
それで当時、たまたま1冊の本を読んだんです。同じ青学出身の起業家である、藤田晋さんの『渋谷ではたらく社長の告白』です。衝撃を受けました。週110時間働いたこととか、会社こそが最高の芸術作品であるとか。で、音楽やシナリオなどの「フィクションの世界」だけではなく、「現実の世界」で社会に役立つ製品やサービスを作るのも、ものすごいクリエイティブな仕事なんじゃないか、と気づいたんです。
――それで資格の受験に転向したと。
はい。ただ、よりビジネスや経済に近い世界に進みたかったので、司法試験ではなく今までまったく縁のなかった公認会計士試験に挑戦することにしました。
世の中には面白い商品やサービスを提供している会社がたくさんある。事業会社に就職してしまうと、自分の会社しか見られないけど、会計士なら多くの業種の会社を見られる。さらに、公認会計士であれば経営者と対等の立場で仕事ができる点も選んだ理由の1つでした。これは合格後に嘘だったと気づきましたが(笑)。
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