<Professional Business People>小飼 弾氏 「究極のエゴイスト」であれ
2009年4月27日(月)10時0分配信 @niftyビジネス
小飼 弾氏 「究極のエゴイスト」であれ [ 拡大 ]
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数多くの読者を持つアルファブロガーにして、投資家。カリスマプログラマーにして、文筆家──。数々の顔を持つ小飼弾氏の職業を一言で表現しようとすれば、単に「小飼弾」というしかないのかもしれません。今回の「Professional Business People」は、著書『弾言』で「成功する人生」の極意を説いている小飼氏の人間観や仕事観に迫ります。明晰で切れ味鋭い思考と、ウィットに富んだ語り口と、子どものような無邪気さ。小飼氏の独特の語りの中に、ビジネスや生き方の豊かなヒントが溢れています。
人間にはエゴしかない
──著書『弾言』では「人は究極のエゴイストになるべきである」といった提言をされていますね。
小飼 はい。エゴ、自意識、あるいはアイデンティティーと、呼び方は何でもいいのですが、それこそが人間のボトムラインであって、そこから出ることは不可能なのです。我々は、「自分」という監獄に一生閉じ込められて生きるほかありません。情報の入力を吟味するのも自分だし、出力するのも自分です。「世のため、人のため」と言っても、それは自分の目から見た「世」であり、自分の目から見た「人」なわけです。そういう厳然たる事実があります。
ですから、正しく言えば、エゴイストになるべきかどうかではなく、人にはエゴしかないということです。
──利己的であることと利他的であることは同じだ、とも主張されています。
小飼 エゴを狭くとらえてはいけません。例えば、資本主義は、徹底的に利己的である人に褒賞を与えるシステムです。しかし、徹底的に利己的であるということは、実は「自分がいくらもうけようか」と考えるのではなく、「相手にいくらもうけさせようか」と考えるということです。相手をもうけさせることによって、自分ももうける。相手を気持ちよくさせることによって、自分も気持ちよくなる。それが本当の意味で「利己的」ということです。
また、エゴによって責任も生じます。例えば、誰かに仕事を頼んでそれがうまくいかなかったら、「相手が悪い」と考えるのではなく、「その人に頼んだ自分が悪い」と考える。それこそがエゴイズムです。
僕自身のこれまでを振り返ってみると、うまくいかなかったのはいつも、「エゴがすべてである」という原則を忘れていたときだったように思います。