アイドルはなぜ女相場師になったのか?
2009年6月24日(水)19時37分配信 ゆかしメディア
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アイドルで成功することと、投資家で成功することはどちらが難しいのか? もし考察してみれば興味深い研究になりそうだが、まさか、そんなことを考える人もいないだろう。ただし、両方で成功したという例は寡聞にして知らない。
周囲からの引立てによって成否が決まりやすい芸能界と違い、「投資」は努力という要素が強いのではないだろうか。ここに15歳で芸能界デビューし、17歳でモデルプロダクションを立ち上げ、20歳で「芸能界は自分がいるべきところなのか、わからなくなった」と身を引いた現投資家がいる。それが、今回の主役・女相場師、ちまさんだ。
芸能界と投資とは遠く隔てられているかのように感じる。しかし「昔から勝負運はあったように思います」という。投資という勝負の世界は、ちまさんを待っていたのだ。
インターネット取引が普及し始めて、世の中は、誰もが簡単に市場にアクセスできるようになっていた。そして、ある時たまたま見たTVで、○○億円を稼ぎ出す凄腕トレーダーたちが特集されていたのだ。ここである種の確信が芽生えていた。「これなら、わたしもできる」。そう決意した、ちまさんは2002年春に株取引に参戦した。(この取材は2009年5月時のモノです)
■下げ相場でも資産はすぐに倍増
2002年と言えば、株価はITバブルが崩壊して以降、右肩下がりを続けていた。そんな折に、貯金していた100万円を軍資金に参戦した。ほとんどの投資家が最悪の連戦連敗ロードを歩んでいく中で、ちまさんはすぐに頭角を現した。
「デイトレードをするようになったんですが、朝一番に板を見て、大物が動きそうな時に提灯でついていくようにしていました。株の(1回の取引で稼いだ金額の)最高は600万円です。それは3日で手じまいしましたけど」
下げ相場の時にも上がる株がある。それは仕手株。ちまさんは、感覚的に掴んでいたのだという。そして、来る日も来る日もトレードに明け暮れた。だが、ドレードに人生を賭けようと思っていたのに、いざ、のめり込んでみると、不思議とそんなに楽しくない。
「ずっと部屋に閉じこもって、誰とも話をしないで1日が終わることも多かったです」と当時を振り返った。専業トレーダーを経験したからこそ、ツラさをよく知っている。2007年でいったん、専業生活にピリオドを打ち、OLとなった。「毎日、家を出て外に行けることがありがたいし、自分一人だけじゃないのが楽しい」のだという。
この時、まだFXとは出会っていなかった。
■サブプライムショックでも大勝したFX
FXとの縁は、友人に誘われて始めた乗馬からだった。その乗馬仲間がFXを教えてくれた。専業トレーダーは一時お休みして、普通にOLとして働くようになっていたが、この時、相場師としての感がFXという投資に反応した。兼業トレーダーになるのに、時間はかからなかった。
「元々、勝負事はなぜか強かったということはありますけど、すぐに興味を持ちました。レバレッジも利くし、1日何回でも回転できるので、こんなに効率のいい投資があるんだと思いましたね。株も下火になっていたので、FXにハマるようになってしまいました」
2007年にFXと出会い、その約2年後にまさか自分が専属契約のトレーダーになるとは考えもしなかった。持ち前の勝負勘に加えて、様々な手法を試し、その中からベターな常に方法を選択してきた。「最初は簡単かも、と思ったんですけど、勝ったり負けたりがずっと続いて」とちまさんも苦しんだ。
だが、勝ち組と負け組の間で決定的な差がついたサブプライムローン問題が表面化した2008年の後半。ちまさんは勝った。同年8月に仕込んだ相場で1000万円以上を稼いだという。「この時はファンダメンタルズから、サブプライムが弾けると思い、ショートに賭けました」。大勝負に勝ち、利益はこの時点で2500万円を超えていた。
勝てる投資家になるには、「負けないことが大切」だというちまさん。負けている人にはある共通パターンがあるのだという。そうならないための方法を次回で紹介する。(つづく)
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