高須基仁のメディア国士無双 世襲制の弊害だが残念だ
2009年4月10日(金)15時0分配信 リアルスポーツ
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団塊の世代にとって、中村雅俊は“最後に残った団塊”という存在で、少しだけやんちゃなイメージを残しつつ、理想の夫、理想の家族、そして理想の夫婦の姿を演じ続けて30余年がたった。
俊太が所持していた、たった0.3グラムの大麻で長年かけて築き上げてきた世間からの好感度は消し飛んだ。私は4月5日(日)の昼、毎週レギュラーで出演しているSBS(静岡放送)ラジオの中で「俺たちの旅」(1976年テレビドラマ)の主題歌を万感の思いを込めて流した。
思い起こしてみれば、このドラマの中で主役を演じた中村雅俊は長い髪のままで破れたジーンズをはき、足元は下駄っぱきだった。すでに大半がサラリーマンになり、長い髪を切り、スーツ姿が似合う団塊の世代にとって、中村が演じる“カースケ”は最後の反逆の証しであったし、希望でもあった。このイメージを“不肖の息子”の存在が台無しにした。
今後の芸能活動は絶望的だし、まさに三田佳子の二の舞状態だ。5日に行われた会見で、涙を流して「心当たりはない。客観的に見てもいいやつだ。自慢の息子と思っていた…」と語ったが、世襲させた罪は重く親バカっぷりを露呈しただけだった。
初めから一代限りが成り上がり俳優業の鉄則だというのに、自らその地雷を踏んでしまった典型的な例である。
“不肖の息子”は雅俊もきっとそうであったであろうし、だからこそ、自主独立、自力更生の志として、理想の姿を長年にわたり演じ切り、男芸者の俳優として生計をたててきたはずだ。その一代記は雅俊一人で終わればいいのだ。それを世襲させようとする魂胆が、“不肖の息子”を増長させ、甘えさせて、大麻にまで走らせた。
その上、精一杯の涙の会見。
演技はセレブっぽくしすぎて見事にはずれ、目にあてるアイロンがキチッとかかった上等なハンカチは“バンカラ雅俊”からはほど遠い、ピカピカのブランド品であった。
せめて小道具としてヨレヨレの手ぬぐいで涙をふく余裕があってもよかったのに…。
あちらこちら命がけで生き抜かなければならない現在、当たり前になった世襲制の弊害が現われた一つの事件であった。
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