■年間生産数25万点
食欲の秋。レストランのショーウインドーに並ぶサンプルが目につく季節だ。この食品サンプル製造のシェア日本一は大阪市東住吉区に本社がある「いわさき」を中心とした企業グループだ。シェア7割とずば抜けた存在。見本さえあれば「何でもできる」職人集団だ。ときには実物よりもおいしそうにみえるサンプル作りの秘密を探りに行った。(中井美樹)
トロリとした半熟卵がのった親子丼、いかにも辛そうな赤いソースのエビチリ、オムライスにカレーライス、ハンバーグ…。工場の作業台に数多くの料理が並んでいた。もちろん全部食べられないサンプルだ。
サンプルは料理と同じ手順で作られていた。トンカツは、卵をからめたような薄い黄色の着色をした豚肉に見立てた土台に接着剤をぬり、パン粉(もちろんビニール樹脂で作ったサンプル)をまぶし、接着剤を乾かすためにオーブンで焼く。さらにこんがり揚げたての色をエアブラシで吹きつけていた。パン粉のころも部分がサクサクにみえるように空気を吹き付けて立たせる技もみせてくれた。
着色に使う絵の具は100種類以上。使う材料はシリコン、ビニール、ウレタン、エポキシなど。これで透明感のある液体から魚の目、キャベツの千切りまでなんでも再現する。これまで作ったメニューは「数知れず」という。「サンプルの勝負は色と見た目。どんな着色がおいしそうに感じるのか。自分自身の経験も大切」とキャリア20年以上の高根雅美さん(45)は話してくれた。
実は、食品サンプルは日本独特のもの。昭和初期に日本で洋食が一般的になり、百貨店を中心に多様なメニューをそろえた食堂が登場し、どんな料理かをわかりやすく示すために広まった。ところが世界には広がらず、欧米では今もほとんどないという。そもそも日本食、洋食、中華すべてを食べられる食堂は日本以外にはあまりなく「世界で一番複雑な胃袋」をもつ日本人ならではの発想なのかもしれない。
ところで、食品サンプルの値段は? 業界では本物のメニューの値段の10倍ぐらいが相場で、ラーメンやカレーライス、パフェなどで7千〜1万円。舟盛りの刺し身なら、10万円近く。
食べられないかわりに腐りもしないので、お買い得という見方もある。実際、外国人観光客には結構人気があるのだという。外国人の目からみると、精巧なサンプルが、日本の技術と文化の象徴のようにみえるのかもしれない。