「ダムの必要性を再検証する」。八ツ場(やんば)ダムの建設中止を掲げる前原誠司国交相は27日、中止撤回を求める流域6都県の知事との会談の場でそう明言した。知事側からは「科学的な理由を挙げてほしい」との要望が出た。
八ツ場ダムには治水、利水といった建設目的がある。だが、国交相と流域自治体では、そのデータ解釈をめぐる立場がまったく異なっている。どちらが科学的なのか−。
≪悲劇の教訓≫
八ツ場ダムが計画される利根川水系江戸川が流れる東京都江戸川区。区役所(同区中央)玄関にある9段の階段を見つめ、多田正見区長はため息をついた。「昭和37年の庁舎完成から1段、また1段と、やむなく増やしてきたんです」
戦後長らく続いた天然ガス採掘の影響による地盤沈下で、区役所の基礎が地面から浮き出てきた名残が、9段の階段なのだ。
面積50平方キロ、人口67万人の江戸川区。いわゆる「海抜0メートル地帯」は7割までに拡大した。
「笑い話じゃないですがね。灯篭(とうろう)流しをしても、海に流れていかないんですよ」と多田区長。地盤沈下を重ねる度に川底を削ってきたが、もう限界に達している。
もし堤防が決壊したら…。江戸川区に限らず、利根川水域の自治体にとっては深刻だ。
10月7日。河川沿いの1都3県の市区町長らが、「治水面からの徹底した情報公開を行い、整備の必要性の再検証を求める」とする要望書を国交省に提出した。みな、利根川、江戸川の洪水の危険性に頭を悩ませている自治体だ。
代表を務める千葉県野田市の根本崇市長は「自分自身がカスリーン台風の被災者。洪水をどう止めるのかを示さずにダム工事中止ありきでは困る」と訴えた。
昭和22年9月のカスリーン台風。利根川水系は大氾濫(はんらん)し、死者1千人、家屋被害まで含む被災者は50万人近いとされる被害が出た。八ツ場ダムは、その悲劇を教訓に計画がスタートした。
「ダム予定地だけが注目されるが、建設中止は下流域の切実な問題」。首長らにはそんな思いがある。
≪結論ありき?≫
もちろん前原国交相も、カスリーン台風の被害が利根川の治水計画の根底となっていることは承知だ。だが立ち位置は、「八ツ場ダムの治水効果は小さい」という所にある。
根拠の一つが、自民党の福田内閣が平成20年5月に民主党議員の質問に出した答弁書だ。そこではカスリーン台風の再来時、八ツ場ダムがあった場合と、なかった場合の下流域の想定流量は、ともに「毎秒2万421立方メートル」で変わりはないとしている。「ダムを建設しても利根川の水位を13センチ下げる効果しかない」という指摘もある。
一方で下流域の自治体幹部らは、「カスリーン台風の時は八ツ場ダム周辺の雨量は少なかった。そんな台風だけをとらえ、治水効果がないというのは横暴すぎる」と主張する。カスリーン台風規模の洪水を想定して国交省利根川上流河川事務所が平成16年に発表した数字を根拠に、34兆円もの被害がでるとも訴える。
議論は、お互いの根拠からしてまったくかみ合わない。八ツ場に限らず、他のダム、空港、港湾といった公共工事をめぐる議論にもすれ違いがある。
前原国交相は27日、「ダムの必要性を再検証する」と発言した。同時に「『中止』の公約は維持する」とも表明している。
「中止の結論ありきなのではないか。片方の意見だけを採用して中止というのは…」。江戸川区の土屋信行土木部長が懸念する。同区では、自分たちなりの科学的データをそろえ、前原国交相に説明する機会を望んでいる。だが、何度予定を聞いても国交相側からは「忙しい」が繰り返されるだけという。