「事務所から『辞めてほしい』と言われたわけではないけど、なんとなく『出産、育児休暇を下さい』と切り出せなかった」
東京都世田谷区の専業主婦、伊藤陽子さん(25)=仮名。テレビなどを舞台にスタイリストとして4年のキャリアを積み重ねたが、妊娠を機に退職した。
環境が整えば復職したいが、保育園は待機児童であふれ、生後10カ月の長男を預けられない。「母親同士集まるとみんな働きたいと思っている。けど、景気も悪くて就職先はそう簡単には見つからない」
9月に厚生労働省が公表したアンケート調査では、妊娠・出産前後に退職した女性正社員のうち、「仕事を続けたかったが育児との両立の難しさで辞めた」が26・1%、「解雇・退職勧奨」9・0%と合わせると3分の1強を占める。平成17年の「出生動向基本調査」では、夫婦が理想の子供数を持たない理由で「仕事に差し支える」は17・5%に上る。
個人の置かれた状況に応じた働き方が十分に選択できない日本。雇用問題が少子化問題に大きな影を落としている。
「子供は欲しいけど、仕事を辞めざるを得なくなったら、子育てどころか生活が回らない」。さいたま市の派遣会社員、沢村美由紀さん(27)=仮名=は、昨年結婚したが、妊娠・出産にはためらいがある。
景気悪化で夫の収入が不安定となり、妻の収入をあてにせざるを得ない世帯も少なくない。出産を機に解雇される「産休切り」が増大、長時間労働で男性の家事や育児参加は進まない。非正規社員は若い世代にまで広がりをみせる。
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政府も育児休業の取得促進のための企業助成や、法整備は進めてきた。来年6月にも改正育児・介護休業法が施行され、父親の育休も取得しやすくなる。
平成19年12月には、経済界、労働界の協力のもと「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」と行動指針を決定し、週労働時間の縮減や年次有給休暇取得率の向上など数値目標も示した。
だが、国民にワーク・ライフ・バランスはなかなか定着しない。内閣府の調査(20年7月)で「名前も内容も知っている」と答えたのはわずか9・8%だ。
「今回数値目標も設定されたが、あくまでも達成したときの社会の理想的な水準を掲げたものと理解している。国が規制強化して、必達目標とすることのないようお願いしたい」
「憲章」を福田康夫首相(当時)に提出した際、日本経団連の御手洗冨士夫会長は、くぎを刺すことを忘れなかった。企業の及び腰が垣間見える。
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もちろん、積極的に取り組む企業が少ないわけではない。大和証券グループでは、一部を除き原則午後7時までに退社する。鈴木茂晴社長自ら号令をかけ、社員に徹底させている。育児休職も3年。第3子以降の出産には祝い金200万円を支給する。ワーク・ライフ・バランス推進課は「時間が決まっているので生産性が上がり、社員も私生活を充実させられる。企業と社員のニーズが一致している」と胸を張る。
福岡県の「子育て応援宣言企業」に登録された建設機材リース会社「拓新産業」は20年ほど前にいち早く週休2日制を導入、有給休暇の完全取得も徹底している。午後6時以降は留守番電話に切り替え、休日出勤した社員には必ず平日に休みを取らせる。
「社員の満足がなければ、顧客も満足させられない。時間外対応が難しいことを取引先にも理解してもらっている」とは藤河次宏社長。育児休暇や時短勤務も積極導入し、出産や育児を理由に退社した女性社員は過去1人もいない。
17年の国勢調査で女性の就業率(51・6%)と共働き世帯(58・2%)がともに全国1位の福井県。家族の絆(きずな)で子育てと仕事の両立を実現している。20年の合計特殊出生率は1・54と全国6位の高水準だ。
昔から繊維産業など家内工業が盛んで、「祖父母が孫の面倒を見る」という構図が確立している。3世代同居世帯の割合も20・2%(全国2位)と高く、「近居」の家族も多い。「女性が仕事を辞めると、『どうして?』と聞かれる」(県子ども家庭課)。
有識者からは「ワーク・ライフ・バランスの改善などで、夫婦の共有時間を増やすことが、特に第2子以降の妊娠確率上昇につながるのではないか」(森木美恵国際基督教大学准教授)との指摘も出ている。
少子高齢化に伴う労働力人口の激減が予想され、今後、女性労働力への期待はますます高まる。男女が共に働き、子育ても行う社会の実現−。仕事と子育ての「二者択一」構造をいかに打破するかが、少子化脱出のカギとなる。