札幌ドームで10度、宙に舞った。7日行われたプロ野球日本シリーズで7年ぶりの日本一に輝いた巨人。優勝インタビューで原辰徳監督は「奪回しました!」と声を張り上げた。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本を世界一へ導いた指揮官の一年は、最高のエンディングを迎えた。
監督として初の日本一に輝いた7年前も、この夜のように喜んだが、翌年のオフに球団との確執から、道半ばで退団した苦い過去がある。だが、この曲折こそが人生の転機になった。
「連れてきたコーチ陣も一緒にチームを去った。タツ(原監督)はあの後、辞めたコーチの給料を自ら補填(ほてん)していたんです。自らの行動で人に迷惑をかけることの重さ、自分が我慢することの大事さを学んだのでしょう」。原監督の母校・東海大野球部の先輩で、藤田元司・元巨人監督の娘婿でもある国際武道大野球部監督の岩井美樹さんは、こう振り返る。
平成17年オフ、再び巨人のユニホームを着た。本命視されていた星野仙一氏(元阪神監督)が固辞し、チーム力が下降していた逆境の時期だったが「逃げることはしない」と古巣再建の先頭に立った。
曲折から学んだ「我慢」はWBC、そして日本シリーズでも発揮された。WBCではスランプだったイチローを、今シリーズも第4戦まで不振を極めた亀井を使い続けた。岩井さんは言う。「WBCで我慢することの大事さを改めて覚えた。クライマックスシリーズ終了後に電話で話したのですが、声に力があった。監督としての自信を確実につけています」。三池工高、東海大相模高の監督として夏の甲子園で全国制覇を果たし、原監督が最も影響を受け、目標としていた実父の貢氏も、近年は「もう、何も言うことはない」と目を細める。
原監督が指導者として大切にしていることがある。それは「理(ことわり)を知る」ことだという。「指導者である前に、一般教養を含めて『基本』を知る必要がある」。物事の道理を知らなければ選手を諭すことはできないと確信している。遠征先では歴史小説を愛読し自らの見識を深める努力も怠らない。根底には勝負師として自らを律する厳しさがある。
WBC連覇、セ・リーグ3連覇、そして、今回の栄冠。「日本一で締めくくることができてよかった」。今年7月で51歳を迎えた「永遠の若大将」は、指揮官として円熟のときを迎えた。(浅野英介)