犬の分離不安に精神安定剤?
2009年9月18日(金)10時11分配信 dog actually
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この数年、欧米そして日本でも犬の精神安定剤の消費が著しく伸びてきているそうだ。
犬に精神安定剤とは...そんな時代になってきたのか、とかえってため息をつく人もいるだろう。
現在各国で犬への投与が認可されている精神安定剤の有効成分はクロミプラミンという物質。クロミプラミンは脳内においてセロトニンが神経細胞内に吸収されるのを阻害し、セロトニンの脳内濃度を上げるというもの。セロトニンは脳の興奮を鎮める作用を持つ自然の脳内物質で、この物質の脳内濃度が下がると脳の興奮はなかなか収まりづらくなる。これは過去記事「噛む犬はこうして作られる (5) - レージ・シンドローム」でも書いたとおりで、しかもセロトニンの脳内濃度は簡単に測定することはできない。
クロミプラミンは分離不安症状のほか、攻撃性の抑制や強迫性障害(Stereotypy、自虐行動、尻尾追いなど)、ストレス性皮膚炎などに対しても治療薬として投与される。
しかし留守番中の無駄吠えや破壊行動を起こす犬の脳内セロトニン濃度が必ずしも低いというものでもないのが現実。興奮しやすい性質はただ生まれつきのものではなく、そこには飼い主の行動・態度を含む生活環境が関与することを忘れてはいけない。
飼い主の留守中に長時間吠え続けたり、留守中に家具や物を壊したり、留守中にトイレ以外の場所に排泄したりというだけでは分離不安とは言わず、これらは単なる問題行動。
本当の分離不安では飼い主の姿が見えなくなる前から犬の心拍数は上昇して体は震え、呼吸は荒くよだれが出てくる。パニック状態に陥り、そして飼い主が出て行ったドアを引っ掻き、噛み壊そうとする。不安からその場に失禁もする。
家の中が破壊されそこらじゅう汚されるのだから飼い主側の不安も相当なものだ。分離不安を持った犬にやむを得ず留守番をさせるとき、残念ながらバリケンなどのケージに閉じ込めてしまうケースが多く、犬は更なる不安を抱き悪循環を迎えることになる。ケージに入るたび悲痛な声をあげて引っ掻き回す犬の姿に耐えられず飼い主は精神安定剤に頼ってしまうのだ。気持ちは分からなくもない。
こういった本当の分離不安では犬の心理を読み取ることと行動療法が問題解決の糸口となる。そして投薬はあくまでも行動療法のサポートであって、投薬だけで問題が改善するものではない。つまり分離不安と反抗・問題行動の見分けが付かなければ投薬に頼るのは間違いということにもなる。
例えばある程度の生後齢の犬が新しい家にやってきて、最初は状況が分からないことからとにかく人の後ろをついて歩き、家族がトイレに行くときにも自分も付いて入ろうとドアを引っ掻いてみた...トイレから出てきた飼い主は「あら、待ってたの?いい子ね」と犬の頭を撫でるだろう。
この行動だけでも犬にとってみれば「飼い主について歩き、ドアを引っ掻いたら、ほめられた」となる。褒められると犬は嬉しいから、次にも同じことをやってみせる。そしてまた同じように褒められたらいつまでもそれを繰り返し、いつしか叱られてはじめてやめる。叱られてやめるのであればまだいい。それならまだ聞き訳がいい方だ。犬によっては飼い主の叱りが気に入らず、反抗という手に出る。
つまりドアをガリガリするという行動も反抗のひとつとして現れるので、分離不安を診断するときには決して犬の行動だけで判断するのではなく、不安によって犬の体に変化が現れているかどうかを見極めなくてはならないということだ。
分離不安も他の問題行動同様に犬の持つ性質だけではなく、犬に対する飼い主の反応が大きく作用することでさらに助長される傾向にある。
これをすっとばして「留守中に犬が家の中を引っ掻き回すから」とか、「長時間吠えて困る」といった飼い主の表現だけで精神安定剤を投与というのではあまりにも乱用しすぎだ。まずは「落ち着き犬」のための生活環境や条件が整っているか振り返ってみるべきだろう。なんといってもこれまで分離不安は投薬なしで解決することができていたのだ。いまさらすぐに薬に頼るなんてなんだか便利すぎる気がする、と私自身うちの犬の分離不安の経験を通してそのように感じてしまうのだが。
ここで少し余談をさせてもらおう。うちの犬は生後5ヶ月まで親兄弟総勢9頭・人間家族6人という大家族の中で育った。お陰で社会性も良く養われ、聞き分けも良く安定した性格のように思えたのだが、唯一「分離不安」というおまけが付いてきた。分離不安はサルーキーにとってはあまり珍しいものでもないと聞いていたから、はじめはナメてかかっていた。
今思い返しても私達の取り組んだ留守番トレーニングは自分を褒めてやりたいほど、それほど地道で心の痛むものだった。
普段はほんの小さな悪戯もなくのんびりと分離不安なんて全く感じさせないほどダラけた態度でソファの上に寝転がっている犬なのに、いざ出掛ける気配がすると敏感に察知してそして震えだす。ドアを閉めれば心拍数も急上昇、息はハアハア、よだれはダラダラ、数秒もしないうちにキュウキュウと鼻で鳴き始める。
留守番トレーニングの前には必ずノーリード運動で体を疲れさせていたのに玄関のドアはガリガリ、床のカーペットは失禁のたびに消毒液で洗い、1ヶ月以上経ってもほんの数分すら静かにベッドに居ることができなかったうちの犬に絶望し、真剣に悩んだ。それでもトレーニングを続けなければ状況は改善されない。
人の言うあらゆる方法を試し、試しては敗れ、ホトホト疲れを感じていたある日、犬がリビングのソファの上で仰向けになって寝ているとき、そぅっと玄関のドアを開け出てみた。ドアの外に出てそして数秒ほどでまたドアを開け部屋に入った。いつもなら不安で震えているはずの犬の姿はそこにはなく、さっきと同じ格好でただ玄関の方を見て尻尾をパタパタさせている姿だけが目に入った。
ショックだった。
これまでは分離不安ということばかりに捕らわれ、部屋が破壊されるのが怖くて、壊されたり汚されたりしてもあまり被害のないフロアや台所に犬をリビングから追い出していたのだ。
これまで数ヶ月一緒に暮らしていたのに、こんな状況になって初めて自分の犬の気持ちが分かった気がした。自分達の損失ばかりを気にし、条件を一方的に押し付けようとした自分とそれを頑なに拒否し続けたうちの犬。独りぼっちにされる不安を抱えた犬ということが分かっていながら、どうして独りでも心地よく過ごせる条件を与えてやらなかったのか、とても後悔した。犬の気持ちに気付いてやれず酷い対応をした自分が申し訳なかった。
以来留守番の時にはあえてリビングのソファを開放し、一週間も経たないうちに留守番時間は記録的に伸び、そして私達はフロアの消毒液臭いカーペットを取り替えた。
その当時誰一人として「犬にとって快適な留守番環境」を説くものは私の周りにはおらず、皆分離不安とは「慣れの問題」と思っていた。
余談が長くなったが、本当の問題解決は当事者が気が付かなければ出来ないということだと痛感した。
ついでに「犬の行動療法士」の話
上記で「投薬は行動療法のサポート」と書いたが、その行動療法を行うのは行動療法士である。
犬の行動療法士とは既存の犬の訓練士やトレーナーとは少し異なり、躾を目的にしたり訓練の方法や成績にこだわるのではなく、個々の犬を見て問題改善に取り組み「犬の精神の安定」を最終目的とする分野である。犬の自然行動と解剖学的・神経的・薬理学的特長を理解するだけでなく、犬の心理を読みコミュニケーションが取れることが要求される獣医学の中でも特別な領域のこと。
人間の行動療法ならまだしも、犬のとあっては日本ではまだ馴染みがないだろう。それだけに行動療法抜きに投薬だけがひとり歩きして問題解決を期待してはいけないのである。
近い将来日本でも犬の心理学や行動療法が広く一般に普及してくれることを強く願う。