永澤美保さんインタビュー (1) 「犬そのものを知るために、人と犬の関係を研究したい」
2009年9月24日(木)11時39分配信 dog actually
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日差しに夏のかけらが残る9月上旬、麻布大学のキャンパスへ初めて足を踏み入れました。麻布大学は獣医学部を始め、動物関係の学科が主体の大学ですが、広々とした敷地はとても綺麗に手入れされており、動物の臭いはおろか鳴き声がしてくることもなく、整然としたキャンパスは一見普通の大学と何ら変わりがない印象でした。
伺ったのは、伴侶動物学研究室。名前を聞いただけでもワクワクするような研究が行われていそうなこちらの研究室から、今年1月、犬と人とのコミュニケーションが人のオキシトシンホルモンを増加させるという論文が発表され、マスコミにも大きくとりあげられました。通称「幸せホルモン」とか「きずなホルモン」などと呼ばれているオキシトシン。犬の飼い主さんにはとりわけ嬉しいニュースですから、記憶の片隅に残っている方もいらっしゃるのではないでしょうか。その研究室で、人と犬との関係の研究をされている、助教授の永澤美保先生を訪ねました。
永澤先生は、現在2頭の犬と暮らしています。ラブラドール・レトリバーのフック(オス・6歳)と、スタンダード・プードルのチャーリー(オス・1歳)。いつも犬と一緒に出勤するという永澤先生の研究室には、他にもたくさんの犬たちが。全頭揃うと7頭になるそうです。
「犬に気を取られちゃって仕事が進まない時も(笑)。」
と永澤先生。そのようにお話ししつつも、スタッフや学生たちがそれぞれお仕事や研究をしているように見受けられた研究室の雰囲気はとてもいい感じ。そんな雰囲気が作り出されるのは、犬たちがいるおかげもあるのかもしれないなと感じましたし、むしろ犬たちがいるおかげで集中する時と休憩する時との切り替えがうまくいき、お仕事が捗ることもあるのではないのかなと思いました。愛犬家の方々ならば誰もがうらやむ理想的な職場だろうなあと、ついウットリ眺めてしてしまいました。
犬の研究に進むきっかけはファービーにあり
永澤先生が犬の研究をしたいと思うようになったきっかけは、意外なところにありました。生物学や獣医学などとは全く関係のない文系の大学を卒業された後、玩具会社のトミー(現:タカラトミー)で働いていた時に、ファービーというペットロボットのマーケティングを担当されたそうです。一世を風靡したファービーは、手で触ったり話しかけたりすると反応するおもちゃです。ある時、小児麻痺の子供のリハビリをしている先生から、ファービーをリハビリに使いやすいように形を少し変えることはできないかというような相談を持ちかけられたそうです。その縁がきっかけで、アニマル・セラピーというものに興味を持ち始め、その流れで犬を研究する道へ進もうと一念発起したそうです。
「こどものころから常に犬がいる生活を送っていたので、犬はいて当たり前という感覚だったんです。なので、逆に、犬がセラピーに使われるとか、人を癒すことができるというようなことがとても新鮮だったんですね。また、ペットを飼えないからペットロボットをというお母さん方が結構いらっしゃったんですよ。そこから、果たしてペットロボットはペットの代わりになるのだろうか?と思い始め、生身の犬を知りたいと思うようになりました。」
最初はアニマル・セラピーの研究をされていたそうなのですが、徐々に「何故人は動物に癒されるのだろう?何故健康にいいのだろう?」というような部分に興味を持つようになり、アニマル・セラピーを行って出た効果の原因はどこにあるのかということを理解するために、犬そのものを知りたいと思うようになり、人と犬とのコミュニケーションに着目するようになっていったそうです。
大切なのは、人と犬の相互の交流
それから研究を進めていき、今年、オキシトシンの研究が発表されました。ただし、メディアによっては取り上げられ方に多少解説の足りない面があったそうなのです。
「犬と見つめあうとオキシトシンがたくさん出て人が癒される、というような感じで書かれている記事もあったのですが、これはあまり正確ではありません。まず、たしかに動物実験ではオキシトシンの関与によってストレス物質が減少するという結果が出ていますが、人ではまだそのようなメカニズムはきちんと検証されていません。また、実際は見つめ合うという行為そのものが、飼い主さんのオキシトシンの量を増やしたというわけではないんです。犬が飼い主さんを注視した時に、飼い主さんが犬の視線に気づいて、それをきっかけとしてやりとりする機会を多く持った場合にオキシトシン量がアップした、ということなのです。動物はそれぞれその種特有の『social cue(社会的合図)』を持っていて、その cue を受けることによって仲間の存在や敵意の有無、交配の可能性などを確認し、他個体と関係をもって生きていきます。そして、人での重要な social cue は『注視』です。犬は非常に人に近い存在であり、見事に人の生活に調和した行動を取ることができますが、それは人と social cue を共有した結果ではないかと。今回の実験の目的は、犬からの注視が cue となって人に働きかけるかどうかを明らかにすることでした。」
なるほど、犬が飼い主さんを見つめることによって始まるコミュニケーションに着目された研究だったのです。
「犬が飼い主を注視することでやりとりするきっかけを多く持ち、且つ、飼い主の方もそれに応じてやりとりする回数が増え、結果として、オキシトシンの量が上がったということなんです。犬の注視はあくまでも良好なやりとりを開始させるきっかけであり、見つめ合うだけでオキシトシンが上がったというわけではないんですよ。なので、犬が注視する時間が長くなればいいというものではないんです。まずは、飼い主の方が犬の注視に気付かなくてはなりませんよね。そして、注視されることからコミュニケーションをはかるきっかけを作って、やりとりする機会を多く持つことが大切だということなんです。逆に、犬とコミュニケーションをはかろうと一生懸命名前を呼んだり、強引に触れようとする飼い主さんは、犬とのやりとりの時間が多くてもオキシトシンとの関連は見られませんでした。」
見つめるという行為は、犬特有のもの
「何故、『注視(gaze)』に着目したかというと、人からのシグナルを読み取れる能力を犬が持っているといわれているからなんです。この能力は、オオカミにも、そしてチンパンジーにも無く、犬が家畜化される過程で得た能力だと言っていいでしょう。また、困った事態になった時に、犬は飼い主を振り返りますが、犬と同じように人に育てられたオオカミは振り返らずに自分で解決しようとする、という面白い報告もあります。それほどまでに『注視』という行為は犬に特有の行動なんですよ。」
『注視』は、まさに犬が人と一緒に暮らすために勝ち得た能力なのでしょう。ちなみに、動物の認知研究をしている研究者たちの間では、“チンパンジーは IQ(Intelligence Quotient :知能指数)が高いけれど、犬は EQ(Emotional Intelligence Quotient:心の知能指数)が高い”といわれているそうです。
お話しを伺いながらふと横を見てみると、そこにはフックの姿が。実はインタビューの間、フックもずっと一緒にいたのでした。じーっと伏せながら、時折り永澤先生のことを見つめるフック。あまりにも大人しいので、そこにいることを忘れてしまいそうになるほどでした。そんなフックを傍らに、まだまだインタビューは続くのでした・・・。
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