アルゼンチン
「盗まれた子供」裁判で実刑 軍政時代の闇は晴れるか
2008年5月16日(金)0時0分配信 クーリエ・ジャポン
掲載: COURRiER Japon + hitomedia 2008年6月号
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軍政時代に「盗まれた」子供が、育ての親を訴えたアルゼンチン史上初の裁判の判決が4月初めに下された。
養父母らを誘拐などの罪で訴えたのは、マリア・エウヘニア・サンパジョ・バラガン(30)。判決では、養父に禁固8年、養母に禁固7年、そして赤ん坊だったマリア・エウヘニアを夫婦に引き渡した軍人に禁固10年の刑が言い渡された。
軍政下のアルゼンチン(1976〜83年)では、左翼勢力への弾圧、通称「汚い戦争」が行われ、その間の死者・行方不明者は3万人にのぼるとされる。そのなかには妊娠中の女性も多く、生まれた子供たちは、軍部に近い筋の家庭に渡された。
共産党員だったマリア・エウヘニアの実の両親は、軍政下の77年に軍部に強制連行され、行方不明となった。マリア・エウヘニアは78年に軍病院で生まれたが、生後間もなく被告夫妻に引き渡されたとされる。「私は捨てられた子供だと言われました」と、公判中にマリア・エウヘニアは訴えた。
その後、夫妻は離婚。彼女は養父母への不信感と家庭内の不和に耐えかねて、19歳の時に家を飛び出す。彼女がDNA鑑定によって自分の出生の秘密を知ったのは、01年のことだった。そして実の祖母や親族と感動的な対面を果たした。
今回、検察は25年の刑を要求していたが、判決がそれよりも軽い内容であったため、人権団体ばかりか、政府まで「事件の重大さに見合わない不当判決だ」と批判している。
軍政時代の行方不明者を探す人権団体「5月広場の祖母たち」によると、マリア・エウヘニアのように、反体制派の親から引き離され、養子に出された子供は500人あまりいる。
マリア・エウヘニアは「(この裁判で)私と同じ経験をした人たちが、自らのアイデンティティーを取り戻すきっかけになることを願っています」とコメントを発表している。
クラリン(アルゼンチン)ほか
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