死んでもたったの500万円! それでも 米ワーキングプアが「イラク出稼ぎ」に殺到する理由
兵士たちの炊事・洗濯から遺体洗いまで数万人が労働中
(SAPIO 2008年6月11日号掲載) 2008年6月16日(月)配信
文=武末幸繁(在米ジャーナリスト)
「勉強しないとイラクに行くことになる」。04年のアメリカ大統領選で民主党のケリー候補が漏らした失言は、学力や学資不足で大学に行けない若者が軍隊に入隊せざるを得ない現実を図らずも露呈させた。しかし、イラクに行くのは決して軍人ばかりではない。働けども貧困にあえぐ「ワーキングプア」が、安全よりも高給を優先し、危険な戦地を職場≠ノ選んでいるという現実がある。
04年4月にイラクで、ある拉致事件が起きた。
米国人トーマス・ハミルさん(当時43)は4月9日、KBR社(本社ヒューストン。当時はケロッグ・ブラウン&ルート社)で軍用燃料輸送車の運転手として勤務中、バグダッド近郊で武装勢力に襲われ拉致された。オーストラリアのテレビ局がこの時の様子を撮影しており、翌日にはカタールの衛星テレビ「アルジャジーラ」が「24時間以内に米軍がファルージャから撤退しなければ殺害する」との武装勢力の声明を放映、襲撃現場で見つかった4人の遺体のうち3人はKBR社の社員と確認された。
それまでにもイラクとクウェート両国で同社関係者34人が殺されていたが、拉致現場映像と脅迫ビデオが与えたショックは大きく、ハミルさん周辺の取材が相次いだ。そこで浮かび上がったのはワーキングプアを脱するためにイラクへ行った人々の姿だった。
ハミルさん一家が暮らすミシシッピ州ノクスビー郡の小さな町メイコン。町の人々がハミルさんの無事を願う姿はアメリカ人の素朴な温かさを感じさせるものだったが、実際には住民は貧困にあえいでいた。平均年収は2万2000ドル(約220万円)に過ぎず、失業率は11%に上っていた。
ハミルさんは親から引き継いだ酪農場を持っていたが、うまくいかず借金経営。12歳と15歳の子供2人も育て上げなくてはならなかった。決定的だったのが、奥さんが心臓手術を受けなくてはならなくなったことだ。
米国では国民皆保険制度は整備されていない。民間の健康保険料を払うのもままならない自営業者や中小零細企業で働く人たちは多く、4500万人以上の人が保険に入っていないとされる。大きな病気やケガに見舞われると、保険に入っている中間層の人でも、異常とも思える高額医療費が払えず一気に貧困層に転落することは珍しくない。
ハミルさんは、借金を返し、奥さんの手術費を工面するため、イラクの仕事を選んだ。KBR社が提示した報酬は年間12万ドル(約1200万円)。ハミルさんは酪農場をたたみ、1年契約でイラクで石油を運ぶタンクローリーの運転手になったのである。
幸運なことにハミルさんは5月2日に脱出に成功、米国民は歓喜した。翌日、KBR社のデーブ・リーザーCEOはイラクでの仕事希望者が10万人に達したと発表。イラクの治安情勢は従業員を派遣する上で「容認できる状況」であり、毎週200〜300人をイラクやクウェートに派遣していると述べた。ハミルさん拉致事件でイラクの危険性よりもその高給ぶりが一般に知られるところとなり、KBR社が従業員を危険に晒しているという非難どころか全米から希望者が殺到したのだ。
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