戦後最大のヒーローとの交錯が生んだ夢のような一夜
長島茂雄サヨナラホームランの奇跡は天皇ご退席3分前に起きた=SAPIO編集部
(SAPIO 2009年2月18日号掲載) 2009年3月2日(月)配信
文=SAPIO編集部
それは、まさに戦後の昭和を象徴する場面だった1959(昭和34)年6月25日、後楽園球場で行なわれた巨人阪神戦を昭和天皇が観戦した。まるで天皇の臨席がそうさせたかのように試合は白熱した展開になり、戦後最大のヒーローのひと振りで劇的な幕切れを迎えた。
長島は寝つけず 夜中に素振りをした
前年11月27日、皇太子殿下(現天皇陛下)と正田美智子さん(現皇后陛下)の婚約が発表されると、空前の「ミッチーブーム」が起こった。2人はこの年4月10日に結婚し、祝賀パレードが行なわれたが、それをひと目見ようと、テレビの保有台数は1年で2倍以上に増え、200万台を突破した。すでに3年前、経済白書は「もはや戦後ではない」と謳い上げ、日本は高度経済成長のただ中にあった。
このように、皇室に対する国民の好感情がピークに達し、国民が豊かさを享受し始めていたときにプロ野球初の天覧試合は実現した。
実現に執念を燃やしたのは、当時の読売新聞社社主で衆議院議員だった正力松太郎。1年前、部下の人脈で「昭和天皇がプロ野球に興味を持っている」という情報を得た正力は慎重に事を進め、昭和天皇の観戦を願う奏請書をプロ野球コミッショナーの名で提出し、ついに実現へとこぎ着けた。
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