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平成19年8月15日、靖国神社で総理を辞した小泉純一郎氏が宮司に手渡した「一片の書簡」

あれから2年、A級戦犯分祀論を展開する国会議員は孤立した

SAPIO 2009年6月24日号掲載) 2009年6月29日(月)配信

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文=山村明義(ジャーナリスト)

 今年、靖国神社は140周年を迎えるが、その年初に、これまで神社を支えてきた宮司が他界した。在任中は、当時の小泉首相の参拝を巡り、苛烈な批判にさらされた。その裏にあった、知られざる秘話をジャーナリストの山村明義氏が報告する。

 今年、靖国神社は明治2年の創立以来、140周年を迎え、境内は例年になく賑わいを見せている。

 有名な染井吉野の花が咲く3月から4月にかけて、恒例の春季例大祭が宮中からの勅使を迎えて斎行されただけでなく、全国から郷土芸能が奉納される「ふるさと祭りin靖国」が開かれ、奉納大相撲や奉納プロレスも次々と開催された。昨年は自作映画が製作・公開され、現在も「百四十周年記念事業」が着々と進められている。「軍国主義の砦」などと批判されるような暗い雰囲気は、まったく感じられない。

 今年1月7日、その靖国神社が突然の悲報に包まれた。神社の主であり、御祭神となった英霊を祀る斎主役の南部利昭宮司が、昭和天皇二十年式年祭のこの日、神社で昭和天皇武蔵野陵遥拝式を終えた直後、急逝したのだ。

 平成16年9月、第9代靖国神社宮司に就任した南部宮司は、盛岡藩藩主だった南部家の第45代当主で、旧華族、元電通社員という肩書から就任当初は「異色の宮司」と呼ばれた。

 だが、在任4年4か月の南部宮司は、歴代の宮司の中でも「とりわけ風格のある宮司」(3代の靖国神社宮司を支えた三井勝生権宮司)という評価を得て、神社内のみならず、結果的に日本の政治や外交全体に大きな影響を及ぼした。

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