国家戦略局は役に立つ?
若田部昌澄(早稲田大学教授)
(VOICE 2009年10月13日掲載) 2009年10月17日(土)配信
追悼、経済財政諮問会議
民主党新政権誕生の陰で、1つの組織が歴史の表舞台からひっそりと退場した。経済財政諮問会議である。会議が設立されたのは2001年1月。中央省庁再編の一環としてだ。90年代の経済失政を身をもって経験した橋本龍太郎氏の肝いりで、経済政策司令塔の不在という日本の弱点を是正しようとしたものという。その後この組織は時として小泉構造改革の司令塔として、時として金利・成長率論争など政策論争の舞台となるなど耳目を集めてきた。
担当大臣は、額賀福志郎(森内閣)、麻生太郎(森内閣)、竹中平蔵(小泉内閣)、与謝野馨(小泉・福田・麻生内閣)、大田弘子(安倍・福田内閣)、林芳正(麻生内閣)と6名に及ぶ。しかし何といってもその全盛期は小泉内閣の竹中平蔵時代だったというべきだろう。
竹中氏こそは、この会議の存在意義を確立した立役者だった。いまでこそ「骨太の議論」というと構造改革の設計図のような位置づけを与えられている。けれども、もともと会議発足時の宮澤喜一蔵相(森内閣)などは、予算の規模や数字を議論することなく「骨太」という名目でこの会議を事実上骨抜きにしようとしたということだ。これを逆手にとったのが竹中氏である(竹中平蔵『構造改革の真実』日本経済新聞出版社)。
歴史に「もしも」はないというが、仮に小泉純一郎氏が首相とならず、あるいは竹中氏が大臣に起用されていなかったならば、会議はほとんど注目されずに終わっていただろう。
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