エンターテインメント
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「アニソン歌手」
水木一郎 “雄たけび”1200曲を語る
2008年7月4日(金)0時0分配信 読売ウイークリー
掲載: 読売ウイークリー 2008年7月13日号
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「アニメ・特撮ソングは日本の宝」と語る水木さん [拡大]
「ゼーット」「ブロロロロー」の雄たけびでおなじみ、アニメ・特撮ヒーローソング歌手の水木一郎(60)が、7月21日でデビュー40周年を迎える。還暦の「アニキ」が、これまでに歌った楽曲は、実に1200曲以上。40周年記念アルバム発売と記念ライブ(7月21日、渋谷O―EAST)を前に、歌との出会いやアニソンへの思いを語ってもらった。
7月2日に発売される記念CD・BOX「道〜road〜」(コロムビアミュージックエンタテインメント)には、持ち歌から、年代別に選び抜いて、116曲を収録しました。CDジャケットの文字は僕が書いたんです。「道」とは、僕が歩んできた歌手人生のこと。決して真っすぐな道のりではなかったから、まとまった文字にはしたくなかった。規格からはみ出そうな「道」を書いたつもりです。
<アニメ・特撮ヒーローソングの第一人者として、「アニソン界の帝王」とも呼ばれる水木は、1948年1月、東京都世田谷区に生まれた。母親の影響でスタンダードジャズを聞いて育つ>
英語か日本語かわからぬままに、ジャズを覚えて歌っていました。庭のイチョウの木に登って歌っていると、風にのって近くのキャラメル工場のなんともいえない甘い香りが漂ってくる。僕の歌い手としての原体験ですね。中学時代は、ビング・クロスビーなどの外国歌手をお手本に発声練習に明け暮れていました。
<経済白書が「もはや戦後ではない」と記したのは56年。そのころから、輸入音楽が主流だったポップス界で、日本人歌手のデビューが目立ち始める>
デビュー曲は全く売れず
「じゃあ自分も」と、歌手の登竜門と言われたジャズ喫茶「ラ・セーヌ」のオーディションを受けたら、グランプリを取った。64年だから、東京オリンピックの年ですね。それから「新宿ACB」や「上野テネシー」などで歌うようになりました。
<レコードデビューは68年、日本コロムビア(当時)から、「君にささげる僕の歌」という歌謡曲だった>
全く売れませんでした(笑)。キャンペーンで、各レコード会社の新人が並んでサイン会をやるんだけど、僕の前には誰も並ばない。間がもたないんで、「いいね、そっちはお客さんいっぱいいて」と軽口をたたきながらも、悔しくてたまらなかった。
<つらいキャンペーン中に、人生を変える、ある「事件」が起きる>
たまたま遠巻きに見ていた女性が寄ってきて、言ったんです。「あなたは個性がない。無個性人間だから駄目なのよ」って。
「あっ」と思いました。歌謡曲で売れるためには、ただきれいに歌うのではなく、個性を出さないといけない。でも、作曲家の先生に言われるように歌うことはできても、水木一郎の歌が歌えない。だから駄目なんだ。頭では理解しても、どうしたらいいのかわからない。数枚シングルを出しましたが、鳴かず飛ばずでした。
<大阪万博の興奮さめやらぬ71年。時代はポップスから演歌全盛に変わりつつあった。歌手を断念して作曲家になろうと思い立つ。しかし、自作の曲を携えて、訪ねたディレクターに持ちかけられたのは、意外な提案だった>
「作曲はいつでもできるけれど、歌手は今しかできないよ。テレビで毎週流れる歌があるんだけどやってみない?」と言われたんです。そこで出会ったんですよ、「原始少年リュウ」に。
<「原始少年リュウ」は石森章太郎(当時)原作のアニメーション作品。アニメソングとの出会いである>
