好きなことしかしないし、できない
2009年11月5日(木)11時30分配信 ITmediaエンタープライズ
愛機MURAMASAと宮沢さん,写真:ITmedia [ 拡大 ]
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●自作したAppleII、6台
子どものころから数学かコンピュータで身を立てようと思っていました。数学が大好きで、わたしの唯一の得意科目だったんです。1番好きなのは整数問題。ああいう、解き方が無くてパズルのようなものが好きなのです。そういう意味で物理も好きです。物理もパズル的な要素がありますから。
数学は好きですが、どうすれば数学で生きていけるか分からず、大学受験の前には、コンピュータで身を立てていこうと決めていました。
AppleのAppleIIが発表されたのが高校生のときでした。大卒の初任給が10万円ぐらいだった時代に50万円もしたので、とても高校生のわたしの小遣いでは買えませんでしたけれど、大学に入れば自由にコンピュータ端末を触らせてもらえる。学生時代は、もっぱらアルバイトをしていました。お金をためては秋葉原に通い、安い中古部品を買って回路図を見ながら自分でAppleIIと同じものを組み立てていました。5、6台は作りましたよ。仲間うちで洋書を買っては貸し借りしながら独学で。おかげで苦手な英語も原書を読める程度にはなりました。
卒業後は電子機器メーカーの研究開発センターに就職しました。その当時、日本のコンピュータはアメリカに後れを取っていたので、何となく頑張らなきゃと思ったのを覚えています。ハードウェアの基礎研究に従事し、3年勤めたところで辞めました。
自分が下っ端のうちはいいのですが、後輩ができると教える立場になりますよね。わたしはどちらかというと、チームでの共同作業よりも自分一人で全部作りたいタイプ。結構自由にやらせてもらえてそれはそれで楽しかったのですが、スケジュールがタイトで結構ハードな毎日でもあったので、少しノンビリしたいというのと、もっと自由な発想で何かを作りたいという気持ちもあって。父が通信関係の技術下請け会社をやっていたこともあり、その手伝いでもしながら好きなことをやるのもいいかなと思い、実家に帰りました。わたしは一人っ子だったもので父は歓迎してくれました。
●会社の名刺を持って自作ソフトを売り込み
家に帰ってから必要な国家資格も取ったのですけれど、実際には父の仕事を手伝うよりも、自分で好きなプログラムを作ってはいろいろな会社に持ち込んでいました。DOSのスイッチャーなどを作りました。父は苦労してきた人なので「無理はするな」と言うだけで、好きなようにやらせてくれました。
そのうち、ある会社から「こういうソフトを作ってくれないか」という依頼が来たのです。「分かりました。いつまでですか?」「2週間」
どう考えても5人で2カ月はかかる仕事ですが、父の会社の名前で営業していたので向こうはまさかわたしが一人で作っているとは思ってないわけです。「No」とは言えません。それから2週間徹夜。追加要望もあり納期は数日遅れましたが、何とかお客さまの満足するものを作り上げました。本当に寝られませんでした(笑)。おかげで結構いいもうけになりましたけれど。
その辺りから「あそこは何かを作る」といううわさが口コミで広がり、少しずつ注文が入るようになりました。仕事を手伝ってくれる社員も雇い入れるようになったのですが、彼らが一人前になるまではわたしががんばって稼がないといけない。2年位かなぁ、ほとんど一人で仕事をこなして養っていました。若いとはいえ、今考えると無茶をしましたね。
そのうち社員が育ち人数も増えてきたので、受注開発の合間にパッケージソフトの企画開発も始めました。最初に作ったソフトはDOS上で動くリモートコントロールシステム。当時の遅いモデムでもWindowsがコントロールできるもので、結構売れました。
お客さまがニーズを持っていれば、話は簡単。「できる」というだけです。「できない」とは決して言いません。理論的に不可能な場合はもちろん除きますけれど。そうでないと、うちみたいに小さくて、ましてや地方にある会社は生き残っていけませんから。他社ができないことをやるしかない。おかげで一層ニッチな技術が身に付きました。
●頭の中は一日中コンピュータのことばかり!?
わたしは決して器用な方ではありません。好きなことしかしないし、できないんです。これまでの人生、半分以上はコンピュータに時間を費やしていますし、今でも一日中コンピュータのことばかり考えています。そういう意味ではプライベートがない人生といえるかもしれません。
わたしは、何かをやるときに大事なのは、その何かにどれだけ集中できるか、どれだけ考えられるかではないかと思っているのです。自分に100の力があるとして、そのうちの50を費やすか90を費やすかで結果が違ってくる。100のうち90や95を費やせば、わたしより優秀な150の人が80を費やすよりいいものができると。
だから仕事に関しては、一切妥協しません。唯一我慢できるのは締め切りが来たとき。締め切りはお客様との約束ですから仕方がないけれど、あとは社員が許してくれと言っても必ずやらせます。うちみたいな会社に失敗は許されません。一度でもできないことがあると、われわれには命取りになるからです。
妥協しないのは、目的ありきの場合と新しい技術発見の場合と両方あるのですが、それが合致した場合は本当にうれしい。だから社員も、うちの仕事はきついけれど面白いと言ってくれます。わたしも含めて、われわれにしかできない仕事をしようと社員は思ってくれています。
技術者はできないことをさせられることには、基本的に抵抗します。そんな社員を動かすには、技術的に可能であることを証明します。すでに他社で作った製品がある場合はよいのですが、そういうものがない場合はわたしがフォローします。何か新しいものを作るときは、その構造を解析して、核となる要素や技術を調べて一つ一つの裏付けを取るところまでのサポートがわたしの仕事です。
また、プログラミングのコツやテクニック、考え方を教えるのもわたしの仕事ですが、正解だけを教えるようなことはしません。人に物事を教えるときは、それが子どもに勉強を教えるのであっても何であっても、必ず間違った方向からも教えないとダメ。数学なんかは正解だけ教えてもどうにもなりません。応用がきかないからです。本人が自分で理解して突破できるようにしないと。
本音をいえば、コーディングまですべて自分の手でやりたいところですが、残念ながらその時間がないのが悩みの種です。ずっとコンピュータのことを考えていたいのですが、マネジメントや営業の仕事の方がだんだん増えてきて。メールの処理だけでも2、3時間はかかるようになってしまいました。常に頭の中でマルチタスク的にいくつかの仕事が動いているのですが、答えが出ない仕事、いくら考えても調べても、ひらめかないとできない仕事がいくつか残っているのです。
このひらめきを待つ時間、ぼんやり考える時間がもっと欲しい。周りからは寝てるんじゃないのかって間違われることもあるのですけれど、このぼんやり考える時間が大切なのです。この時間が取れれば取れるほどいい仕事ができる。どうすればそういう時間を取れるかということも分かってはいるし、会社のためにも、わたしがもっと技術的な仕事をできるようにしたいのですけれど……。ただどんなに忙しくても、やりたいことやその方法を自分で決められるので、今の仕事の方が外で勤めていたころよりはずっとわたしには合っています。
もっといいソフトウェアを作りたいです。たとえ自社企画のパッケージソフトでも、企業にはどうしても採算や期限といった制約があって、ある程度妥協しなければならない。もし、もし仮にできるのならば、潤沢な資金と時間、それに最高のスタッフでいいものを作りたい。それが夢ですね。
●脳のCPUが疲れてる? 疲労回復にはタイのビタミン
趣味というと料理でしょうか。調理師免許を機会があって取得しました。学生時代は教授から研究よりも料理の注文が多かったですね。ほかの連中が遊びに行ったりするなか、わたしはその辺にある大きなビーカーや鍋を使って料理していました。
自分で作ると、その料理がどういう風に作られているのか分かります。食べることが好きなので、おいしくするにはどうしたらいいのか考える、ゲーム感覚です。仕事にかこつけて、中華料理を食べるために香港に通っていた時代もありました。以前は、日本で本格的な中華料理を2、3回食べる金額で香港に1回行けましたから。今は仕事がら、タイでおいしい料理をいただくのが楽しみになっています。
タイとの付き合いは仕事がきっかけです。支社を作って10年ぐらいになるでしょうか。わたしはもともと職住接近でないとダメなタイプ。離れてもせいぜい2駅までが限界です。だって時間がもったいないでしょう。社員も地元採用が多いので、本社を地元から移すつもりはなかったのですが、田舎に本社があると正直弱いのです。事業が軌道に乗ってきたので、取引上の信用面からそろそろ東京か海外に営業所を作る必要性を感じるようになりました。
どこにしようか、東京か、いっそアジア──香港か北京か台北かと悩んでいたころ、タイのソフトウェアベンダーがうちのソフトを売りたいと言ってくれまして。うちのお客さまから話を聞いたと言って。それで製品を販売することになり、そうなるとサポートが必要だということでタイに行くようになり、これはビジネスになるかなとバンコクに支社を作ることにしたんです。今はわたし自身が支社長を兼ねているので、定期的にバンコクへ足を運んでいます。いいところですよ、タイ。
睡眠は毎日3、4時間くらいです、MURAMASA(シャープが発売するノートパソコンのブランド)を触る時間を削ってまで睡眠時間を確保する方がよっぽどストレスがたまるので、時間があればMURAMASAです。寝るときもベッドの横に置いています。わたし、肩が凝ったことがないくらい、疲れたって感じることがないのです。ただ最近、時間の進み方が早くて。対外的なI/Oスピードが落ちている証拠ですよね。それだけ処理しきれていないってことですから。
昔から無理してきたので、脳細胞がかなり傷んでいるんですね。時々ね、プチプチと音をたてて死んでる気がします(笑)。CPUがくたびれてるのですよね、きっと。メモリ足したらどうかなと思って、最近はタイで買ったビタミンを一生懸命飲んでます。何とかしてもうちょっと時間の流れをゆっくりにしたいなと。
娘もコンピュータが大好きです。3歳からコンピュータを与えて、コンピュータは何でもできるから、あとはお前の努力次第だよ、好きなように使いなさいって教えています。今1番好きなのは、わたしが使っているこのMURAMASA。パパのパソコンが1番いい、触らせてっていつも言われます。しょうがないので、わたしの予備のMURAMASAを貸して、ふたりでMURAMASAを楽しんでいます。
ブログは書いていて楽しいです。コメントが付くのが1番うれしいかな、誰かが読んでくれてるということが実感できて。ビンゴピンボールの話を書いたときに、全く知らない人たちからたくさんコメントをもらったのにはびっくりしました。ビンゴピンボールを好きな人がこんなにいるのだと分かって、うれしかったです。
学生時代映画研究会でシナリオを書いていたこともあって、書くこと自体が好きです。これからも、読んでくれる人に楽しんでもらえる話を書きたいです。わたしのブログを読んで、ほんのちょっとでも楽しかったな、読んでよかったなと思ってもらえる話題を書いていきたい。わたしのブログを読んで嫌な思いをする人が一人も出ないように、これからもそういう楽しい話題を提供していきたいと思っています。【土肥可名子】