「壬辰倭乱」テーマの学会開催、韓日学者13人出席
2009年9月24日(木)11時17分配信 聯合ニュース
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【ソウル18日聯合ニュース】1592年から1598年にかけての「壬辰倭乱」(文禄・慶長の役)で、朝鮮は国土が荒廃し、社会全般的に深刻な打撃を受けた一方、日本はこれを機に東アジアの軍事強国に浮上した。
壬辰倭乱の主戦場のひとつだった全羅南道・麗水で19日、この戦争をテーマにした韓日の学者による国際学会が開かれる。韓日文化交流基金と東北アジア歴史財団が主催するもので、両国合わせて13人が出席予定だ。
学会は、これまで見過ごされてきた当時の東アジア国際関係という脈絡から壬辰倭乱を考えるという点で意味がある。韓中関係専門家のハン・ミョンギ明知大学社会科教授は事前に配布した発表文で、壬辰倭乱以前は「夷狄(いてき)」と記録されていた日本と女真の地位が、戦いの後に高まったと説明した。反対に中華秩序の中心にいた明の地位は失墜したと指摘しながら、朝鮮は明・清・日本から押し寄せる外圧に立ち向かうため、悪戦苦闘を強いられたと分析した。
また、日本は軍事強国に浮上するなか、内部の安定に没頭でき、明に挑戦できる力を蓄えられたと述べ、明は壬辰倭乱で膨大な戦費を費やし、戦争に集中するなかで、満州の女真に対するけん制力は弱まったと説明した。
共立女子大学の北島万次教授は資料で、李舜臣(イ・スンシン)が執筆した「乱中日記」を分析し、「鮑作人」(南海岸に住む人々)や「降倭」(投降した日本軍)など、日記に登場するさまざまな一般人の姿を紹介した。
江原大学の孫承チョル(ソン・スンチョル)教授は、壬辰倭乱以降に刊行された「東国新続三綱行実図」に登場する壬辰倭乱当時の朝鮮百姓の被害ケースを分析している。このほか、「東アジア国際関係から見る壬辰倭乱」「日本軍の船舶と武器の科学的検討」などのテーマで発表が行われる。
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