中大名誉教授・植野妙実子氏「『表現の自由』の抑圧で民主国家は成立しない」

中大名誉教授・植野妙実子氏「『表現の自由』の抑圧で民主国家は成立しない」

植野妙実子氏(C)日刊ゲンダイ

【注目の人 直撃インタビュー】

 列島を包む重苦しい空気に「表現の自由」が押し潰されそうだ。慰安婦問題を象徴する少女像などを展示する企画展が中止に追い込まれ、安倍首相の街頭演説にヤジを飛ばした市民は警察によって排除された。憲法とフランス公法の専門家は、「民主主義が脅かされている」と警鐘を鳴らす。

  ◇   ◇   ◇

  ――「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」展が、河村たかし名古屋市長の抗議やテロ予告で中止に追い込まれました。しばらくして展示は再開されましたが、安倍首相に近い萩生田さんが文科相に就任すると、補助金の交付が取りやめになります。文化と芸術の国、フランスでも同じようなことが起こる可能性はあるのでしょうか。

 絶対に起こり得ないことだと思います。みんなで議論する文化があり、テレビでも討論番組が広く浸透しているフランスでは、学校教育においても人と違った意見を述べることが評価されます。人はみんな違います。人格はさまざまだから、表現も意見もひとつにならない。さまざまになるのが当たり前です。そうした考え方が根付いているので、政治家が違う意見に圧力をかけるような事態は考えられませんね。

  ――中止に至る過程や補助金を不交付にする経緯もクリアになっていませんね。

 何がどういうふうに起こったのかを知るのは、表現にとっても民主主義にとっても極めて重要です。そこが分からなければ正しい判断ができないし、意見形成もできません。どんな展示がなされているのか、なぜ反対意見があるのか、政治家の介入プロセスはどんなものだったのか。そのあたりがウヤムヤになってしまうと、それぞれが自分の考えを述べることも難しくなってしまいます。いわば頭ごなしのような格好で強引に中止に追い込まれ、補助金の不交付までドタバタで決まるというのは許されないことだと思います。

  ――森友学園や加計学園の問題もウヤムヤで終わりました。

 まったく論外ですね。表現の自由は、基本となる情報や統計が提供されて初めて成立するものです。そこがキチッとしていないうえに、知らないうちにいろんな操作まで行われるのは、あり得ないこと。当事者によるしっかりとした説明もなく、根本的な解決がないまま終わりました。世論が静かになるのを待って、やり過ごした感じです。

  ――なぜフランスでは起こらないことが日本では起こるのでしょうか。

 フランスも一足飛びに今のように成熟したわけではありません。らせん階段を上るように、自分たちで民主主義をつくっていきました。1789年にフランス革命を経験しましたが、ナポレオンの登場で帝政になり、また王政になって、というのを繰り返しています。最終的に到達した地点が共和主義であって、みんなで意見を戦わせて政治をつくっていこうとなったわけです。それに対して日本では、第2次大戦が終わった後に米国に憲法を押し付けられたという疑いを持つ人が一部に根強くいます。民主主義や表現の自由における文化の違いがあるのかなと思います。

「批判は発展につながる」と膝詰めで話した

  ――どちらかといえば安倍首相の支持者の中にはそういう人たちが多いですね。首相が代われば状況も変わるのでしょうか。

 率先して広く意見を求めるリーダーになれば、雰囲気は変わるでしょうね。第2次安倍政権以降、モノを言いづらい傾向は非常に強まっていると思います。官僚の力も弱くなって、やるべき仕事をしていません。国や行政の基礎をつくっていく、組織していくのは彼らであって、そこが国民ではなく政権を向いている格好でいいのか。忖度なんて言葉、少し前まではあまり一般的ではありませんでしたよ。表現の自由で最も大事なのは萎縮効果を生んではいけないということです。みんなが自由に話ができる、討論できる、意見を言える――そして相手の意見を聞くことで、自分の意見もこういうふうに変わってきたということだってありますよね。それができなくなるような雰囲気が出てくるのは、非常に恐ろしいことです。

  ――フランスのマクロン大統領は、庶民の負担増を招いた政府に抗議するジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)運動に参加した国民との対話を続けたことで、支持を回復しているそうですね。

 ジレ・ジョーヌは一部で過激な行動があり問題になっていますが、マクロン大統領は、さまざまなスタンスや職種の人たちと膝詰めで話し合いました。どういう不満が社会の中にあるのか、どんなふうに政治的に解決していかなければならないのか、対話を通じてより良い政治を実現しようとしたのです。批判は発展につながるということを理解しているし、批判を受け入れる姿勢が評価されているのです。一方で運動に参加している人たちも、お互いに意見を戦わせて、どうすればより良い形にできるのかを探りました。一時期はひとつの政党として成り立つ可能性も検討されたほどです。これは結局できないね、ということになりましたが、すべての結論は討論を通じて出されています。日本のようにヤジを飛ばしただけで警察が排除したり、政治家が圧力をかけて中止に追い込んだり、ということはありません。

  ――批判されるとイライラし、ムキになってやり返そうとする安倍首相とはスタンスが違い過ぎます。

 そもそも安倍首相は自分の意見をはっきりと言いませんよね。2017年の5月3日には改憲に賛成する団体に、こういう形で改憲をするんだというようなビデオメッセージを送っていますが、国会などではごまかしています。それに2012年の自民党の憲法改正草案とも異なる考え方を示したりして、どのように変えたいのかも分かりません。批判をすり抜けようとしているように見えます。

  ――首相が改憲に前のめりになることは許されますか。

 首相が率先して改憲の旗を振ることは公務員の憲法尊重擁護義務に反しますし、法治国家として信用がおけないことになります。求められるのは、憲法改正反対の議論にも耳を傾け、より良い政治のあり方を考える姿勢です。それができないのであれば、表現の自由の意味を理解しているとは思えませんね。

■日本の成熟度は30点

  ――そんなデタラメな状況でも、国民はなぜおとなしいのでしょうか。

 政治に対する無関心があると思います。フランスの街中を歩いていると、見知らぬ人同士でも政治的なテーマについて意見をぶつけ合う場面にしばしば遭遇します。日本では政治的な事柄を話すことを嫌いますし、政治的な考えを表に出すことで「おかしな人だ」と思われてしまうのではないかと恐れる傾向が強いように思います。

  ――自ら「表現の自由」に制約を設けているような格好ですね。

 フランスの表現の自由も、決して百点満点ではありません。空港を管理するのは肩から機関銃をぶら下げた人たちで、行き交う人々に目を光らせています。ただ、表現をする文化、議論をする文化が定着しています。それに比べると日本の成熟度は30点ぐらいでしょうか。せっかく憲法で保障されているのに、十分に活用できていない感じがします。

■参政権の充実、政治の発展に欠かせない

  ――表現の自由が軽んじられると、国のかたちはどうなりますか。

 だれもが自由に表現し意見を戦わせることは参政権の充実に寄与します。送り手と受け手が批判したり受け入れたりするコミュニケーションによって、目の前にいる政治家がどんな意見の持ち主で、反対意見に対してどんな考えがあるのかを知る。これは、国民一人一人の投票行動の基礎になるものです。政治的な課題について、お互いに自由に意見を述べることは参政権を充実させ、政治を発展させ、民主主義を支えることにつながるのです。それが軽んじられるようであれば、民主的な国家も成立しません。

 (聞き手=二口隆光/日刊ゲンダイ)

▽うえの・まみこ 1949年、東京都生まれ。中央大学法学部卒。同大学院法学研究科博士後期課程を満期退学後、専任講師、助教授を経て1993年から教授となった。2006年、仏エックス・マルセイユ第3大学で法学博士を取得。「基本に学ぶ憲法」などの著書がある。

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