国文学者・中西進氏が語る「令和とは自分を律して生きていくこと」

国文学者・中西進氏が語る「令和とは自分を律して生きていくこと」

「元号は文化」と語る中西進氏(C)日刊ゲンダイ

【注目の人 直撃インタビュー】

 中西進さん(国文学者)

 今年の世相を表す「今年の漢字」に「令」が選ばれた。新元号「令和」はまもなく元年が終わろうとしているが、国をリードするべき政権への不信感は募り、国民生活も青息吐息で先行きは不透明だ。これから私たちは、新時代「令和」をどう生きていったらいいのか。「令和」の考案者で万葉集研究の第一人者を訪ねてみた。

  ◇   ◇   ◇

 ――令和元年は、どのような年だったでしょうか。

 いい年だったと思います。とかく惰性的だった生活から、一挙に節目ができたんですから、これほどすごいことはないでしょう。平成の陛下が辞めるとおっしゃったことは、私たちを活性化する大きな出来事でした。みな、「はっ」としたはずです。目が覚めたような感じがしたんじゃないでしょうか。

 ――確かに大きな変化でした。

 僕はね、退位を示唆されてすぐに思ったんですが、日本国憲法を読んだことのある人なら、これほどに天皇陛下がリーダーシップをもって時代を動かすことができるとは誰も思わなかったと思います。憲法では退位を定めていないのに、肉体的な理由で、自ら天皇の地位を降りられたわけでしょう。上皇は徹底的な戦争否定論者でしたから、余計お疲れだったのかもしれませんが。ともあれ見事な新時代の誕生です。国政が変わったというより、文化の様式としての元号が変わったんです。だから大騒ぎになった。文化がいかに人間にとって大事なのかが分かったと思いますね。

 ――元号は文化でもあるんですね。

 元号の伝統は、世界広しといえど現存しているのは日本だけです。みんな、西暦のほうが便利だということになり、やめてしまいました。確かに西暦はキリストの誕生から年数を数えて、機械的に数を重ねることができます。便利だけど、どこか無機質ではないですか? 片や元号は、統治の出発からの年数で「一世一元」ですから、天皇の代が替われば足し算できなくなり、年数を数えるうえでは不便です。それでも元号を使うのはなぜか。ある時代に対する美的な感覚のようなものではないでしょうか。

 元号は文化ではないか、と僕は思うんですね。その元号に、私たちはさまざまな希望を込めてきたわけです。公明に治める「明治」、昭らかな平和であれ、と願いを込めた「昭和」というふうに、いい元号をつけるのは、ひとつの期待感でした。ですから元号はある種の倫理コードの役割もあるんです。

■宰相は「十七条の憲法」の尊重を

 ――国書を典拠とする初めての元号となった「令和」に込められた思いを改めて教えてください。

「令和」の2文字は、万葉集の「梅花の歌三十二首」の序文、「初春の令月にして 気淑く風和ぎ」から取られました。令の原義は「善」。秩序というものを持った美しさという意味があります。もっと噛み砕いて言えば、自律性を持った美しさ、ですね。「令は命令に通じるからけしからん」と言うのは、「いい命令」を考えていないのですね。「詩経」や「礼記」などの注釈には「令は善なり」と定義があるのです。

 一方、「和」はこれまで248種類作られてきた元号の中で今回を含め20回使われることになります。「和」の根源は、聖徳太子が定めた日本の最初の憲法「十七条の憲法」の第1条、「和を以て貴しと為す」にあります。聖徳太子という人は、徹底的に平和を教えた人。「平凡な人であることが平和の原点ですよ、自分が利口だと思うから争いが起こる」と604年に発言しているのですから、すごいことです。

 ――日本はその前年まで新羅と泥沼の戦争をしていました。

 第2次世界大戦が終わった翌年に今の憲法ができたように、十七条の憲法も泥沼の戦争の次の年に作られました。ですから、非常に切実な願いが込められているんです。源実朝や藤原頼長ら代々の宰相たちはその聖徳太子が作った「十七条の憲法」を、尊重しようとしてきました。ぜひ今の宰相も「十七条の憲法」を尊重してもらいたいと願っています。

 それぞれがこのような意味を持つ元号「令和」は、自律性を持った美しさによって「国家」を築いていくという意味です。具体的に言うと、どんなに車が来なくても赤信号では道を渡らない。目の前に1000円が落ちていて誰も見ていなくてもポケットに入れない。それが自分を律するということ。

 考案者は、新しい令和の時代をそう生きるべきではないか、という思いを込めたんだと思いますよ(笑い)。

新自由主義のもと弛緩した現代人

 ――平成の時代は自分を律することなく、自由気ままでいることをよしとする風潮だったかもしれません。

 戦争が続いた昭和を経験したことで、「平らになる」平成を望んだわけですが、平凡に平らじゃ困る。そろそろ奮い立たなきゃいけません。アクティブな信号が必要になっていたんじゃないでしょうか。

 信号がずっと青(OK)だと、何をしようと平気でしょう。新自由主義によって、経済や効率化が優先されるようにもなりました。“役に立たない”文化とは相いれません。多くを考えなくても生きていけるのは平和だとも言えるけど、人間の心が弛緩してしまいます。経済のことも、教育のことも、よくよく考えなければいけないことは、山積していると思いますね。

 ――2020年からは小学校高学年での英語授業が必須となります。一方で国語の読解力が低下し、心配されています。

 言葉には、生活言語と作業言語との2つあって、私たちの生活言語は日本語。日本の文化で育っている人には、日本語と感覚とがマッチするので、日本語は大事にするべきだと思います。例えば、「うつくしい」は本来はかわいい、いつくしむという意味。日本人は万葉の時代からかわいいと思うものに対して「うつくしい」と感じてきたんですね。それは現代人にも受け継がれている感覚だと思います。

 しかし、それだけでは世界的に行動できません。英語という国際語が必要なのは当然ですよ。どちらかだけ大事ということではなく、両方大事なのです。ただし、日本語で考えたり理解したものをトランスレーション(翻訳)することも必要で、それが私たちの英語。トランスレーションするべき日本語や内容がないのでは教育以前の問題です。

■文化は最大の福祉

 ――社会全体が効率化優先になり、私たちの内面をつくる文化を軽視してきたような気がします。

 アメリカナイズされ、味わいがなくなってきたなとは感じますね。グローバル社会になり、またSNSなどの発達で生活圏が広がっているのはいいことですが、小さなところでしか通用しないような美意識は、まだまだ日本人に必要じゃないでしょうか。私たちは陰影礼賛などニュアンスに富んだものを美しいと思い、大砂漠の物影ひとつない景色には抵抗があるでしょう? 国内でも土地ごとに受け継いだ文化は大事にしたらいい。便利だけれど東京に合わせる必要はないですよ。それぞれ自覚をもって生活していればいい。

 とはいえ、文化や習慣だからといって全部を受け継ぐこともありません。特に曖昧と言われてしまうような不特定性は捨てるべきですね。愉快ではありませんから。曖昧にしてはいけないところまで曖昧にしてしまう。

 ――文化の衰退は国の衰退と同義語かもしれません。

「文学で飢えた子を救えるか」という言葉がありますが、確かに肉体は養えません。けれど、心は養えます。文化とは最大の福祉です。福祉というのは生活が豊かになることではなく、心が豊かになることを言います。心の貧乏にならないために、自らを見つめ律する。「令和」らしい生き方をしていきたいものですね。

(聞き手=原田かずこ/日刊ゲンダイ)

▽なかにし・すすむ 1929年、東京都生まれ。東大大学院博士課程修了。文学博士。アジア文化と「万葉集」の比較研究で知られ、2004年文化功労者、13年文化勲章受章。他に日本学士院賞、菊池寛賞、大佛次郎賞、瑞宝重光章など。国際日本文化研究センター教授、大阪女子大学長などを歴任。現在、奈良県立万葉文化館館長、高志の国文学館館長ほか。

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