自爆テロすら恐れないISが距離を置き始めた欧州と新型コロナ【トランプ騒乱の時代と中東、日本】

自爆テロすら恐れないISが距離を置き始めた欧州と新型コロナ【トランプ騒乱の時代と中東、日本】

自爆したバグダーディ容疑者(C)ロイター/Al Furqan Media Network.

宮田律【トランプ騒乱の時代と中東、日本】

 米国の国家安全保障省の「ホームランド・セキュリティ・トゥデイ」誌は13日、過激派組織イスラム国(IS)がその機関紙「アル・ナバー(ニュース)」の中で、メンバーたちに対してコロナウイルスの感染拡大があるヨーロッパへ渡航しないように呼びかけたことを報じた。またISは、すでにヨーロッパで感染しているメンバーにはヨーロッパに留まり、感染を拡大させることを促している。

 同記事によれば、ISは中国から感染が拡大したのは、中国政府のウイグル人への人権侵害に対して与えられた神罰であることを強調し、コロナウイルスが神の人間に対する責め苦であるとも述べた。その一方で、中国のウイグル人メンバーが組織の活動地域にウイルスをもち込む懸念も明らかにしている。

 ISがヨーロッパをテロの標的としてきたことは周知の通りである。2015年11月にはフランス・パリで同時多発テロを起こして130人が死亡し、300人以上の負傷者が出た。16年3月にはベルギー・ブリュッセルの国際空港と地下鉄で同時多発テロがあり、32人が死亡したが、ISが犯行声明を出した。ヨーロッパでISによるテロが発生してきた背景には、ヨーロッパ諸国のシリアやイラクなど中東イスラム世界への軍事介入や、経済的に恵まれないヨーロッパのムスリム青年たちが疎外感を覚え、社会に恨みをもったことなどがある。フランスやベルギーなどヨーロッパ諸国は、2014年8月から始まったISへの軍事行動である「生来の決意作戦」にも参加した。

■機関紙で感染予防法も解説

 ヨーロッパでの自爆テロもいとわないISがコロナウイルスを恐れるというのは、それだけウイルスの脅威を重大に感じているということだろう。ISの機関紙では、コロナウイルスの予防方法も説明されるようになった。

 ISという組織が誕生したイラクでもコロナウイルスの感染が懸念されている。イラクでは、1990年代の湾岸戦争後の経済制裁、またイラク戦争後の混乱で医療体制が崩壊した。医療従事者に対する攻撃、無能な行政機構、腐敗の横行、慢性的な医師、看護師、また医薬品の不足、きわめて不十分な福祉予算の問題などが、コロナウイルスの感染拡大をもたらしている。2019年は国家予算のわずかに2.5%が保健省に割り当てられたに過ぎない。

 イラクでは、医師に対する暴力は敵対する勢力に医療行為を施したとか、あるいは経済的な妬み、異なる宗教や宗派に属しているなどの理由で行われてきた。2014年にISがイラク北部のモースルを席巻した時、クリスチャンの医師たちの多くがクルド自治区に逃れた。米国が2003年にイラク戦争を開始してから少なくとも320人余りの医師たちが殺害されたと見積もられている。このように劣悪な医療事情の下、イラクでは3月16日現在で、コロナウイルスに133人が感染し、10人が亡くなった。イラクは2月25日、日本からの入国禁止の措置もとっている。コロナウイルスの感染拡大は政府に対する不満を増幅させ、イラク社会が混乱して荒廃し、ISが再び台頭する背景をも与えかねない。

■バグダーディ亡き後のISの今

 3月17日、米軍がイラク北部のシリア国境に近いカーイムの基地と、モースルに近いカイヤラー基地から撤退することが明らかにされた。IS制圧に対する任務が終了したというのが表向きの口実だが、実際のところは、これらの基地に対するロケット弾による攻撃などの脅威が高まっている。

 同じく3月17日、米国務省は昨年10月に米軍に包囲されて自爆して亡くなったISのバグダーディ容疑者の後継の指導者となったアミール・ムハンマド・サイード・アブドゥル・ラフマーン・アル・マウラーを「特別に指定されたグローバル・テロリスト」と認定した。国務省の声明では、アル・マウラーはヤジディ教徒を拉致殺害するなど多くの犯罪に手を染め、またISの世界的規模の活動を統括している。ポンペオ国務長官は、17日の会見でアル・マウラーが「イラクのアルカイダ」のメンバーであったことを明らかにし、ISを完全に消滅させるまで、米国はこの組織の制圧に関与していくという考えを示した。

 イラクではISは4000人のメンバーを依然として抱え、政府と協力してISと戦ったイラク人に対する報復を誓い、また刑務所に拘留されているメンバーたちの逃亡させることを考えている(「エルサレム・ポスト」3月19日)。米国はISに対する勝利を宣言したものの、その活動が継続する限りイラクから米軍を撤退させることは国際社会の手前上難しい。米国にはISの活動をもたらしたイラクの混乱を作り出したという道義的責任があるし、対立するイランににらみを利かせる戦略的価値としても隣国イラクは重要だ。

 シリアでも、トランプ政権が米軍のシリアからの撤退の意向を表明し、トルコの軍事介入を招いたことがISの再びの台頭を招くのではないかと見られている。シリアでISと主に戦っていたのは、クルド人を主体とする「シリア民主軍(SDF)」だが、SDFはトルコ軍のシリア侵攻に抵抗する意思を明確にしている。トルコは、SDFなどシリアのクルド人武装勢力がトルコ国内のクルド人分離独立組織と連携していると見て、クルド人武装集団の弱体化を目指している。SDFなどの活動の重点がトルコへの抵抗に移行すれば、ISが息を吹き返す可能性を高めることになる。元々、米軍の協力があって、SDFの対IS作戦も可能であったし、トルコとシリア軍、またロシアの三つ巴の戦闘の激化によるシリアの混乱はIS再台頭の絶好の機会を与えている。

■米欧に求められる中東諸国の社会福利向上

 昨年10月に米国のジェームズ・ジェフリー・シリア担当特別代表は、SDFが拘束していたISのメンバー100人以上が逃亡したと下院外交委員会で語ったことがあった。ISはシリアやイラクでその復活の機会をうかがって根強く活動していくに違いない。米国やテロの標的となってきたヨーロッパに求められるのは、軍事的制圧一辺倒ではなく、新型コロナウイルス対策も十分にできないこれら中東諸国の人々の社会福利の向上など民生の安定への支援だろう。それが実現しなければ、イラクやシリアの混乱をもたらした主体として欧米への怨嗟の思いは継続し、ISなど過激派の活動の背景は根強く定着していくに違いない。

(宮田律/現代イスラム研究センター理事長)

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