18年間のアフガン戦争「勝者タリバーン、敗者アメリカ」を認めた和平協定【寄稿・田岡俊次】

18年間のアフガン戦争「勝者タリバーン、敗者アメリカ」を認めた和平協定【寄稿・田岡俊次】

署名後に握手するタリバンのバラダル師(右)と米国のハリルザド・アフガニスタン和平担当特別代表(C)共同通信社

2月29日、米国はアフガニスタンの反政府武装勢力タリバン(イスラム神学生)との和平協定に署名、米軍撤退を取り決めた。米国はタリバンを土着のテロ集団と蔑視し、「テロとの戦い」を18年5カ月も続けた。だが、米国では長期戦に対する厭戦気分が高まっていた。

 再選を狙うトランプ大統領は「米軍兵士の帰還」を“実績”とするため妥協を急ぎ、米国が擁立、支援してきたアフガニスタン政府を和平交渉から排除、タリバンを主権国同様に扱って2者間の和平合意にこぎ着けた。

 アフガン戦争の終結はコロナウイルスの陰になり小さく扱われているが、この和平協定締結は歴史年表にゴシック活字で残るだろう。

 この戦争の原因は2001年9月、ニューヨークの世界貿易センターなどに旅客機が突入したテロ事件だ。米国はその首謀者は、当時アフガニスタンに滞在中のウサマ・ビンラディンとみて、アフガニスタンに引き渡しを求めた。だがタリバン政府は「証拠を示さないと引き渡しはできない」と回答、米、英軍は10月からアフガニスタンを航空機、巡航ミサイルで攻撃、首都カブールやタリバンの本拠カンダハルを占拠、タリバン政権を打倒した。

 だが、タリバン兵たちはパキスタン北西部に避難したり、武器を携えて故郷に戻ったから、タリバンの勢力が消滅したわけではなかった。米国が擁立した新政権は巨額の資金援助を受け、公称18万人の政府軍、15万人の国家警察隊をつくったが、脱走者が多く、その給与は司令官らが着服するなど、腐敗が広がり民衆の信頼を失った。

 一方、タリバンは勢力を回復、05年ごろから反撃に出て勢力圏を拡大、現在政府の支配下に残るのは国土の3割程度といわれる。

 米軍はピーク時には9・7万人の兵力を投入、死者2400人余が出て、8400億ドル(約91兆円)の戦費を投じた。

 優勢のタリバンは「アフガニスタン政府は操り人形、和平交渉に入れるな」と主張、米国はそれをのんだから、現政府は停戦の対象ではなく、タリバンが政府軍を攻撃しても直接和平協定の違反とはならない。米国に見捨てられた政府軍の士気は一層低下し、内戦では民衆は勝ち馬に乗ろうとし、雪崩現象が起きがちだ。

 和平協定は「135日以内に現在1・3万人の駐留米軍を8600人に減らす、アフガニスタンをテロリストの拠点にさせないとの条件を満たせば14カ月以内に完全撤退する」としている。もしタリバンが勢いに乗って、ただちにカブールに進軍、政権を奪回すれば米国の面目は丸潰れだから「テロリストが残っている」として完全撤退を中止する可能性もある。

 米国はフランスが独立派との戦いで惨敗した後のベトナムに介入して敗退、ソ連がイスラムゲリラと9年も苦戦した揚げ句、撤退した後のアフガニスタンに出兵してまた失敗した。「前車の覆るは後車の戒め」との中国漢代のことわざを思わせる。

(田岡俊次/軍事評論家、ジャーナリスト)

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