行政学者・中野雅至氏が看破 菅政権の小さな政府路線と「1億総ゴマカシ」の限界

行政学者・中野雅至氏が看破 菅政権の小さな政府路線と「1億総ゴマカシ」の限界

行政学者で神戸学院大教授の中野雅至氏(C)日刊ゲンダイ

【注目の人 直撃インタビュー】

 中野雅至氏(行政学者・神戸学院大教授)

 行政の縦割り、既得権益、悪しき前例を打破し、規制改革を徹底する――。自称「国民のために働く内閣」のスローガンは、この人にはどう響くのか。大阪都構想の住民投票が迫る中、橋下徹氏に昨年〈北朝鮮に行きやがれ!〉と名指しで批判された関西を代表する論客。元厚労官僚として中央省庁での経験を生かす行政学の専門家が、大いに語る。

 ◇  ◇  ◇

 ――菅政権が「行政の縦割り打破」を掲げています。元厚労官僚の経験を踏まえ、どう評価していますか。

 かつての厚労・文科両省の「幼保対立」のような縦割りは、もはや存在しない気がします。所管省庁の争いに加え、背後の各種団体同士の仲が険悪で折り合えない事例が過去には多かった。公共事業も「五族協和」と呼ばれ、道路、港湾、下水道などが互いに予算配分を侵さず、シェアの硬直化が続いていました。

 ――そのような典型的な縦割りは消滅したと。

 バブル崩壊後、司馬遼太郎の随想に名を借りた「『この国のかたち』がおかしい」との議論が盛んとなり、霞が関の統治機構と利権システムこそ「この国のかたち」で、そこを改革すれば全てが変わるとの幻想が蔓延しました。官僚主導から政治主導への掛け声の下、霞が関は徹底的にスリム化され、2014年の内閣人事局の創設をもって、縦割りを含めた統治機構改革は完全に終焉したはずです。今さら縦割り打破や行政改革を打ち出すのは、周回遅れの政策もはなはだしい。

 ――準備不足の菅首相なりに、独自策を出そうとした結果でしょうか。

 菅首相の「小さな政府」路線には、研ぎ澄まされた思想や体系的な理念が感じられません。具体案もはんこ廃止など実のないものばかり。デジタル化推進にしても拒んでいるのは霞が関だけでなく、旧弊な永田町文化です。僕の官僚時代から少しは変化しているもののファクスが主流、議員へのレクチャーも「事務所まで来い」。いまだにメールはダメ、ましてやZoomは通用しません。

 ―――規制緩和にしても、やり尽くされた感じがします。

 生命維持に必須の水道事業すら事実上民営化し、もう民間に任せられる組織はほぼありません。この30年、規制緩和や行政改革は不況脱出の起爆剤として語られてきましたが、いくら推進しても経済は成長しない。規制緩和によって自由競争が起き、創意工夫を通じたイノベーションを生み出すという建前は「夢物語」のままです。

 ――むしろ、小さな政府路線は、格差拡大など弊害の方が目立ちます。

 霞が関もスリム化で疲弊しています。若手官僚の離職が相次ぎ、学生には「ブラック」職場と見なされ、新たな人材を確保できない。どれだけケツを叩いても組織が回らないのが実情です。上に行っても、しんどいからと出世を望む人も減り、内閣人事局に気に入られようと、張り切っているのは財務省や経産省など一握りの官僚だけ。行革よりも組織の立て直しが重要な課題です。

 ――その現状が菅首相には見えないのですか。

 あれだけ長く、官房長官を務めていれば理解していますよ。人事権を握り、天下り利権がもう一部にしかないことも。僕の厚労省時代の先輩にも退職後に退職金と年金で何とか食いつないでいる人がいます。給料が大幅に下がる嘱託になる人も多い。恵まれた再就職先がある人は、ごく一部です。

 ――菅政権からは長期的視野に立った抜本策が見えてきません。

 観光立国や携帯料金の値下げなど目先の利益だけを考え、世論に受けそうな策を探し出し、訴える。主眼に置くのは権力維持のみです。

政権に有利に働く低失業率

 ――それでも6〜7割の支持を集めています。

 僕の政治分析の視点は失業率にあります。失業率が低い限り、政権批判の声は上がらない。世の中の矛盾が露呈しないため、与党は圧倒的有利です。著しい人口減少で失業率上昇の余地が少ないのも、大きなアドバンテージです。コロナ禍で米国の失業率は4月に約15%と戦後最悪の水準に跳ね上がったのに、日本はほぼ2%台。有効求人倍率も1倍以上をキープしています。それも安心材料となり、支持につながっていると思います。

 ――日本人は雇用さえ維持されていれば、満足してしまうのですか。

 かなり刷り込まれています。長引く不況で生活が苦しく、たとえ蜃気楼のような株高や好景気でも、失業率が低ければなんとなく政権を支持してしまう。雇用の質は問わず、賃金が増えないのはおかしいとの発想には向かわない。物価と賃金上昇を目指すアベノミクスに逆行しても、携帯料金値下げを歓迎する。生活費が下がり雇用がそこそこ守られていれば、低賃金でも十分との考えから抜けきれないのです。

 ――ぼんやりとした支持に政権が助けられている構図ですね。

 ただ、何のための政治主導体制なのかという思いはあります。小選挙区制に始まり、内閣人事局に至ったのは、国民に痛みを強いてでも思い切った改革を成し遂げるため。だから、試験をパスしただけの官僚でなく、国民に選ばれた政治家に権限を集めたのに、誰も世論の流れに異を唱えられない。

 長引く不況の要因は将来不安。その解消に社会保障を含めた受益と負担の関係に切り込むべきなのに、コロナ禍でも露呈した非常に強い同調圧力に異論を挟める政治家は現れない。世論に迎合した痛みの伴わない“改革”では、この国の再生は困難です。

 ――菅政権も小手先の“改革”ばかりです。

 強まる同調圧力が過剰なバッシング社会を招いています。少しでも庶民感覚から外れた業界や人々を見つけ出しては、たたくの繰り返し。同じ政府による人事介入なのに、日本学術会議の新会員6人除外への批判が、検察庁法改正案ほど盛り上がりに欠けるのもバッシング社会のなせるわざ。「学問の自由」への侵害との見方をせず、学術会議が既得権に固執し、「税金が入っているのに」という視点で捉える人も多い。「悪しき前例」と関連づけ、論点をずらす菅政権の思惑通り。人事権のフリーハンドは絶大になりすぎています。

■問うべきは役所より企業の在り方

 ――関西在住の身として住民投票が迫る大阪都構想はどう映りますか。

 維新は皮肉にも二重行政をなくしてしまった。それだけの仕事をしたことは認めます。少子高齢化の現状を考えると将来、派手な二重行政が発生するとは思えない。わざわざ新たな部署やコンピューターの一元化などにムダなコストをかけるのは理解に苦しみます。

 ――レガシーをつくりたいだけかもしれません。

 都構想は維新の政策の一丁目一番地。実現したいのは間違いない。ただ、維新の支持は当分揺るぎそうもない。府知事も市長も同じ党から選ばれるのなら、府は産業政策に、市は住民サービスに特化すると、府と市が政策協定を結べばいい。

 ――なるほど。

 大体、都構想のような行革だけでは大阪はもちろん、国の経済も好転しません。小さな政府路線の行き詰まりに国民も皆、気づいています。なのに次の路線が見つからず、あえて乗り続ける1億総ゴマカシです。

 そもそも、なぜ日本ではイノベーションが起きないのか。どうして起業家は増えず、高い成長が見込まれる「ユニコーン企業」が次々と現れないのか。ネットの普及で米国では「GAFA」が生まれたのに、日本は匿名の誹謗中傷で自殺に追い込む世相を生んだだけです。

 ――生きづらい世の中です。

 つまり、日本の構造の本質は役所ではなく、企業の在り方なのです。その改革に政治は知恵を絞るべき。日本企業とGAFAとの大きな差は優秀な人材への投資です。ようやく、NTTがスター研究者に年間1億円の報酬を保証するなど、シリコンバレー並みの動きが出てきましたけど、遅すぎます。

 行革にしても、シンガポールの官僚制度のように完全な能力主義にし、成果によって高額報酬を認めれば人材確保にも有効ですが、世論の同調圧力が許さないでしょう。その世論が嫌がる政治決断を下さなければ、いつまでも「30年後の日本は大丈夫なのか」との不安は払拭できません。

(聞き手=今泉恵孝/日刊ゲンダイ)

▽なかの・まさし 1964年、奈良県大和郡山市生まれ。同志社大文学部卒。90年、旧労働省入省。厚労省大臣官房国際課課長補佐(ILO条約担当)を経て、2004年、兵庫県立大大学院・応用情報科学研究科准教授、10年から教授、14年から現職。経済学博士。「あさパラ!」(読売テレビ)、「ミント!」(MBS)など関西を中心にテレビコメンテーターとしても活躍中。

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