石破茂は終わったのか…憲政の神様の言葉を胸に「人生の本舞台は常に将来に在り」【特別インタビュー】

石破茂は終わったのか…憲政の神様の言葉を胸に「人生の本舞台は常に将来に在り」【特別インタビュー】

石破茂氏(C)日刊ゲンダイ

「石破茂は終わった」。自民党総裁選で3位に沈み、そんな声も聞かれた。2021年秋にも再び総裁選が行われる。菅総理がそのまま続投となるのか、それとも……。ズバリ、石破氏の本音を探った。

  ◇  ◇  ◇

 ――総裁選から3カ月経ちましたが、この間、どんなことを考え、行動してきましたか。

 できたばかりの新政権で、キャッチフレーズは「国民のために働く」です。国民が「俺たちのことを本当に理解してくれているな」「誠実に働いてくれているな」と思ってもらえるようにしなきゃいけない。私も自民党の一員として、掛け値なしにそう思いますね。

 ――菅総理については?

 当面は安全運転に徹する、というようにお見受けします。書いたものばかり読んでいるじゃないかとか、いろいろ言われているようですが、アドリブでうっかり失言してしまうよりは、はるかにいいでしょう。やはり官房長官と総理は違うので、一定程度は慣れのようなものも必要でしょうし、年が替わって、4カ月なり、5カ月になるとだんだんご自身のカラーが出てくるのではないかな、と思っています。

 ――総裁選後に派閥(水月会)会長辞任を表明しました。

 国民の意識、あるいは自民党員の意識と、国会議員の意識に、どこか乖離がある。これは一体、どういうことなんだろうね、とずっと思っているんですよ。党内総主流派、派閥がそれぞれの領袖を総理に推さない、代わりにポストを得るというスタイルが増えています。それが自民党の活力をそいでいるのではないか、ではどう変えたらいいのか、そもそも派閥って何だろう、ということを私自身考えてみたかったということもあります。

自民党は下野時の反省を忘れてはいけない

 ――21年秋にまた総裁選があります。水月会は会長不在のまま存続するようですね。石破さんの決断を待とうということかなと思いますが、次の総裁選についてどうお考えですか。

 われわれ衆議院議員の任期が10月まで、総裁任期が9月まで、まだ9カ月もある。この時点で「次もやります」っていうのは変だし、その時、何がどうなっているのか分からないのに「私は絶対にやりません」と言うのも変でしょう。9月(2020年)に菅さんや岸田さんと戦った総裁選では、演説にしても質疑応答にしても、自分なりに納得できるものでした。外交政策、憲法、財政政策、社会保障政策と私なりに一つの完成形みたいなものを持って臨んだつもりでした。それをもう一度、きちんと検証しようと思っています。

 ――検証ですか?

 野党がダメなのをいいことに「どうだ俺たちはすごいだろう」って言っていてもしょうがないでしょう。それよりも、自民党が下野して旧民主党に政権を渡さなければならなくなった時の反省を、もう一度原点とするべきです。民主党政権の3年3カ月、私は政調会長や予算委員会筆頭理事、幹事長という立場でしたが、多くの議員・党員とともに、自民党はどういう政党であるべきか、本当に考えに考え抜きました。そして、自民党は勇気をもって闊達に真実を語る党であろう。連合でも、平和団体でも、たとえわれわれと立場を異にしたとしても、あらゆる組織と協議する党であろう。そして、国会を公正に運営し、政府を謙虚に機能させる党であろう。こういう結論を得て、党綱領を新しく決めたんです。その原点を忘れてはいけない、そう思っています。

 ――メディアなどで「石破さんはもう総裁選を諦めた」などの報道が流れたりもしますが、諦めたわけではないのですね?

 先日、相模原市(神奈川県)で行われた「尾崎行雄(咢堂)杯演説大会」に行ったんです。「憲政の神様」と呼ばれる尾崎行雄は相模原の出身なんですね。当選25回、94歳まで衆議院議員を務めたのですが、失意のどん底だった73歳の時に突如、天から言葉が降りてきてひらめいた。「人生の本舞台は常に将来に在り」と。そこから彼はまた気を取り直して、一生懸命活動するわけです。「石破茂はもう終わった」とか「死んだ」とか報じられましたが、「勝手に殺すなよ」って話で、人がどう言おうと関係ない。自分が「俺はここまでだ」と思った時が終わりなんだと。私は自分が終わったとは思っていませんし、それでいいということじゃないですか。

■青い鳥なんてどこにもいない

 ――他党との連携の可能性はあるのでしょうか?

 かつて自民党を離党し、新進党の結成に参画しました。河野洋平総裁の下で、自民党は憲法改正を棚上げと決めるなど、本来の自民党ではなくなったと思いました。一方で当時の小沢一郎氏は新進党で、憲法は改正せねばならん、消費税は引き上げねばならないと、本来自民党が言うべきことを言っていた。これこそ真の保守だと、当選回数の若かった私はすごく共感したわけです。だけど全然違った。あれほど人生で挫折を感じたことはありません。結局、自民党に戻りました。青い鳥なんてどこにもいないんです。自分の原点は自民党であって、みんなで自民党を良くしていかなきゃいけない。「石破、早く離党しろ」みたいなメールもいっぱいくるけれど、どうもこの人たち自民党員じゃないなって(笑い)。そして、国が危機に瀕した時に対応できる自分であるかどうか。誰と組むとかにはあまり興味がないです。

(聞き手=小塚かおる/日刊ゲンダイ)

▽いしば・しげる 自民党衆議院議員。1957年生まれ。鳥取県出身。慶大法卒。79年三井銀行(現三井住友銀行)入行。86年衆院選で全国最年少(28歳)初当選。防衛相、農相、政調会長、幹事長などを歴任。鳥取1区選出。当選11回。

秋の総裁選は「乱立・乱戦」になる

(ジャーナリスト・鈴木哲夫)

 石破氏の総裁選挑戦は4回目だったが、敗戦後、石破氏が私に語った本音には過去3回にはなかった深いショックを感じた。

「若かりしときに改革をやりたいと自民党を飛び出し、復党させてもらったが、党内は出戻りの私に冷ややかだった。あのときもつらかったが、いまあのとき並みにつらい」

 つらさには理由がある。今回ポスト安倍に向かっていままでにない努力をしていたからだ。石破氏は2021年の総裁選へ向けて、二階俊博幹事長に頻繁に接触し、多くの若手議員らとも会い、いずれは官房長官だった菅義偉氏とも会うつもりだった。弱点と言われてきた苦手な人間関係の根回しを必死で重ねてきていた直後の敗北だったのだ。「虚無感や自己嫌悪も重なっている」と石破派議員は話した。

 だが、終わりではない。派閥会長辞任についても「もう総裁選は諦めた」との見方も出ているが違う。辞任の狙いは、自らの充電にもある。会長でなければ与野党、財界、全国各地、自由に人に会える。新たな人脈や支持基盤をつくるためだ。

 実はある席上、永田町関係者が、石破氏が胸ポケットから出して見ていたスケジュールの紙をのぞき見して驚いた。

「びっしり。ある日は分刻み。経済団体主催の会合や土日は地方、あと政治家や経済人と懇談なども書かれているのが見えた。とにかく年内は空白がまったくない。動いているんだなあと」

 さらに会長辞任は「首相を目指す最後の戦いに突っ込んでいくために、ついてきてくれる同志のみで再結束をはかりたい。そのためには自分がいったん閥務から身を引いて、派閥議員だけで意思確認をしてもらうため」(前出の石破派議員)でもあるのだ。

 菅政権内部は取材すると決して盤石ではない。「菅・二階・安倍・麻生」の複雑な対立構図も顕著になってきた。2021年秋の総裁選は、乱立・乱戦と私は見る。コロナ禍の中でのそんな権力闘争に嫌気が差す国民や自民党員が推すのは、まっとうな石破氏ではないか。

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