世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第221回 デフレと過剰サービス

 運送業界はここ数年、営業利益率のマイナスが続いている。信じられない読者が少なくないだろうが、事実だ。
 全日本トラック協会によると、2012年度、'13年度、'14年度の運送業界全体の営業利益率は、それぞれ▲2.1%、▲2.3%、▲0.9%。'14年の改善(それでもマイナスなのだが)は、主に燃料費の下落によるものだ。
 しかも、トラック10台未満の運送業の場合は、'14年度でも▲2.3%。経常利益で見ても全体で▲0.2%と、惨憺たる状況になっている。

 現在の運送業界の苦境をもたらしたものは、1990年の物流二法(「貨物自動車運送事業法」および「貨物運送取扱事業法」)による「規制緩和」である。物流二法制定で、最低車両台数が5台に下げられ、免許制から認可制に変わった。また、運送料金についても、認可運賃から届け出運賃へと変更された。
 規制緩和の効果は、まさに「てきめん」で、日本の貨物自動車運送事業者数は4万社から6万社超へと増えた。
 事業者の数が1.5倍になったわけで、わが国の貨物運送業の供給能力は確かに増強された。これで「需要(仕事)」の方も順調に拡大していけば、わが国の運送市場は「既存事業者」「新規事業者」そして「顧客」の三者が共に便益を得て、ハッピーエンドになったはずだ。

 しかし、残念ながらそうはならなかった。
 規制緩和で競争を激化させた上に、'97年の橋本政権が緊縮財政により国民経済がデフレ化。規制緩和+デフレーションにより、運送業は急激に「ブラック化」していくことになった。
 誰も彼もが、過剰競争。価格切り下げ競争。過剰サービス。荷主の要求により、無償で長時間の待機が当たり前。負担は現場のドライバーにのしかかり、その割に適正料金を支払ってもらえない。

 筆者は、現在の日本の「高度な運送サービス」を否定しているわけではない。単によいサービスに対して、消費者が追加的な料金を支払うべきと言っているにすぎない。
 ところが、デフレ下では誰もが、
 「過剰サービスをしなければ、仕事を切られるのではないか」
 「値上げなどした日には、契約を切られるのではないか」
 と、おびえ、日本の運送業は「過剰サービス、低価格」路線を突っ走り、業界全体で営業利益、経常利益がマイナスに突っ込むという異常事態になってしまったのである。

 デフレの国では、確かに物価が下がる。とはいえ、物価以上のペースで所得が小さくなってしまう。すなわち、実質賃金が低下する。
 理由は、所得がモノやサービスという付加価値の単価×販売数量で決定されるためだ。
 これまで1000円の付加価値単価で、1000個を販売していた。すなわち、付加価値の総計が100万円だ。モノやサービスという付加価値に対する支払いが所得である。付加価値総計100万円とは、所得も100万円であることを意味する。

 さて、社会全体で物価が10%下落し、単価が900円に下がってしまった。販売数量が変わらない場合、付加価値総計は900円×1000個で90万円になる。もちろん、所得も90万円だ。
 所得が100万円から90万円に10%縮小したが、物価も10%下落した。物価と所得が同じ比率で下がったため、実質賃金は変わらない。しかしながら、デフレの国で問題になるのは、物価下落もさることながら、それ以上に「販売数量の縮小」なのである。物価が10%下落し、同時に販売数量も5%減ってしまったケースを考えてみよう。
 付加価値の単価が900円で、販売数量が950個。付加価値総計=所得は85万5000円。当初の所得である100万円と比較すると、14.5%も小さくなってしまった。それに対し、物価の下落は10%である。

 デフレの国では、物価下落と同時に販売数量、つまりは「需要」が縮小し、「物価以上のペースで所得が小さくなる」形で、実施賃金が下落するのである。
 特にひどい状況になったのが、規制緩和とデフレによる需要縮小の直撃を受けた運送業界なのである。何しろ、業界全体で営業利益率も経常利益率もマイナスなのだから、半端ない。

 もっとも、昨今の人手不足の深刻化により、ようやく事態は是正の方向に向かい始めている、宅配最大手のヤマト運輸が、4月24日、今年秋に宅配便の基本運賃を5〜20%引き上げる方針を固めたことが報じられた。
 ヤマト運輸が値上げを決めた理由は、もちろん「人手不足」である。宅配便で5割のシェアを持つヤマト運輸の値上げは、同業他社に対しても影響を与えざるを得ないだろう。
 今回のヤマトの値上げ方針について、個人的に特に素晴らしいと思うのは、アマゾンなどの大口顧客に対しては、基本運賃よりも「さらに大幅な値上げを求める」としている点だ。
 値上げ交渉で折り合わない場合は、荷受けの停止も辞さないとのことだが、それでいい。
 過剰サービスを低価格で提供するという「デフレビジネス」により、アマゾンなどの大口顧客、および消費者が一方的に得をしてきた。負担は、現場で働く生産者に押し付けられることになった。
 良質なサービスに対しては、適正な料金を支払うべきだ。さもなければ、単に日本の素晴らしい宅配サービスや流通網が維持できなくなるだけの話である。

 運送業界の料金適正化は、ある意味で日本のデフレ脱却の試金石でもあるため、今後も継続的に本連載で取り上げたいと思う。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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