森永卓郎の「経済“千夜一夜”物語」 高等教育無償化をどう支えるか

 6月19日の記者会見で、安倍総理が「人づくり革命」の推進を打ち出した。中心となるのは高等教育の無償化だ。ピンとこない人も多いかもしれないが、私は大切な政策だと考えている。

 大学、短大、高専、専修学校専門課程を含む高等教育全体への進学率は、現在80%だが、'70年には24%だった。大部分の生徒が高等教育機関に進学するようになって起きたことは、高等教育機関を卒業していないとホワイトカラーになれなくなってしまったことだ。
 高卒、中卒といった学歴では、職人系やガテン系といった職業に就職先が限られてしまう。だから、親たちは子供の将来の選択肢を増やそうと、無理をしてでも、高等教育機関に進学させようとするのだ。

 ところが、そこに高等教育費の高騰という難題が生じた。例えば、私が大学に入学した'76年の国立大学の年間授業料は3万6000円だった。ところが、現在の授業料は54万円と、実に15倍に値上がりしているのだ。物価上昇を考慮しても、実質10倍の値上がりだ。しかも、親の所得が伸び悩んでいる。その結果、大学生は奨学金を利用せざるを得なくなった。
 20年前は2割に過ぎなかった大学生の奨学金利用率が、いまや5割を超えている。奨学金の返済は、最長20年に及び、しかも、若者の賃金が上がらなくなっているから、その返済が人生に重くのしかかっている。それだけではない。学費を支払うために、多くの学生がアルバイトをしている。そのアルバイトに追われて、学校の授業になかなか出られないという本末転倒の事態まで生じているのだ。

 高等教育の無償化は、こうした問題を一気に解決する力を持っているが、問題は財源だ。高等教育の在学者を300万人として、1人が年間60万円を支払っているとすると、無償化に伴うコストは1兆8000億円ということになる。
 これを消費税増税で賄うとすると、0.7%引き上げる必要が出てくる。しかし、この方式では、高等教育無償化のコストをすべて消費者が負担し、企業が負担しないことになってしまう。
 その点では、厚生年金や健康保険と同じように社会保険料で徴収する方法は、企業も負担することになるから、消費税方式よりずっとましだ。しかし、この方式だと所得のほとんどを金融所得で稼ぐ富裕層が一切負担しないことになる。
 さらに、もう一つのアイデアは、奨学金の返済額を就職後の所得に応じて変化させるというものだ。しかし、これでは社会全体として、高等教育を支えることにならない。
 私が一番望ましいと思うのは、高等教育無償化の財源を教育国債の発行でまかなうことだ。教育は投資だから、将来の経済成長で返済すればよい。ただ、この方式は、国民の多くが日本の財政は破たん状態だと思い込んでいる現状だと、コンセンサスを得にくい。

 安倍総理は、高等教育の無償化を含む憲法改正の自民党案を年内にもまとめようとしている。だから、無償化の財源についても、早急に国民的議論を開始しなければならない。
 高等教育の無償化は、ある意味で、国の形を変えるほどの大きな問題だ。それを官邸だけの独断で決めてよいはずがない。残された時間は短いのだ。

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