世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第231回 科学技術小国化

 1990年代半ばの時点で、日本が高齢化し、社会保障支出が増えていくことは誰の目にも明らかであった。とはいえ、当時の日本はバブル崩壊を受け、総需要がすでに不足気味の状況だったのだ。国民が消費や投資という「需要」を抑制する中、高齢化により社会保障支出が増えていくというのは、むしろ僥倖(偶然に得る幸せ)だったのである。
 ところが、財務省(当時は大蔵省)はそうは考えなかった。
 「社会保障支出は、いや応なしに増えていく。それならば他の支出を削り、増税をしなければならない」
 という方針に基づき、公共投資、防衛費、科学技術研究費、教育費など、日本国の繁栄に必須の支出の削減、抑制が始まった。

 困ったことに日本において緊縮財政を推進したのは、財務省という官僚組織のみではない。わが国では経済学的な財政責任原則と、「コンクリートから人へ」に代表される左翼的公共事業否定論、あるいは「国家否定論」が結び付き、猛烈な勢いで緊縮財政が推進されることになった。財務省と「コンクリートから人へ」派の利害が、こと緊縮財政においては完全に一致したのだ。
 例えば1995年の11月国会において、大蔵大臣として「財政危機」を宣言した典型的な「コンクリートから人へ」派の武村正義は、'96年に中央公論に『このままでは国が滅ぶ-私の財政再建論-』なる刺激的なタイトルの寄稿をした。
 何しろ、国会で大蔵大臣の立場にある人物が「財政危機宣言」「このままでは国が滅ぶ」と表明したわけだ。わが国で「財政破綻論」が急速に広まっていったのは、無理もない話である。
 武村や大蔵省(当時)が主導した財政破綻論の影響で、'97年に消費税が増税され、公共投資も大幅に削減された。バブル崩壊後に増税、公共投資削減という「デフレ化政策」を実施したわけだから、わが国は真っ逆さまにデフレ経済へと突入。国民がひたすら貧しくなっていく「失われた20年」が始まった。

 今年6月2日に閣議決定された『平成29年版 科学技術白書』では、研究価値が高いことを意味する「被引用論文件数」の国別順位について、日本が10位にまで後退したことが指摘された。'12〜'14年の平均で見ると、日本の被引用論文件数のシェアは、わずかに5%にすぎない。トップはアメリカで、2位が中国、以下イギリス、ドイツ、フランス、カナダ、イタリア、オーストラリア、スペインと続き、ようやく日本である。
 '02年から'04年の日本の被引用論文件数のシェアは7.2%で、アメリカ、イギリス、ドイツに次ぐ4位であった。凋落著しいとしか表現のしようがない。

 科学技術白書では、研究力が低下した原因として、
 「雇用が不安定な若手研究者の増加」
 「海外の研究者との連携が少ない」
 ことを挙げ、企業など外部の経営資源を活用し成果を生む「オープンイノベーション」を、大学や公的研究機関が推進する必要があると強調した。

 とはいえ、日本の研究力が低下した最大の理由は、間違いなく政府の科学技術予算の抑制である。
 2000年度を100とし、各国の2015年度の科学技術予算を見ると、中国が1121(!)、韓国が474、アメリカが163、ドイツ159、イギリス152となっている。それに対し、日本はわずか106である(本誌左図参照)。中国が11倍以上に科学技術予算を拡大したのに対し、わが国はわずか1.06倍なのだ。
 研究費の政府負担割合は、日本は18.4%にすぎず、主要国最低である。世界の主要国の中で、日本政府が最も「政府として」科学技術研究に予算を投じていない。これが真実である。

 なぜ、このような事態になるのか。もちろん、プライマリーバランス(PB)黒字化目標が原因である。
 PB黒字化目標が維持される限り、政府が何らかの予算を増やそうとしたとき、
 「他の予算を削るか、もしくは増税する」
 という話にならざるを得ない。
 日本は高齢化で社会保障支出が持続的に増えていく。というわけで、社会保障支出の増大を「抑制」すると同時に、他の予算については「必ず前年比を下回ること」という、マイナス・シーリングがかけられてきた。
 PB黒字化目標はデフレを継続させ、国民を貧困化させると同時に日本の科学技術予算の拡大を阻み、技術小国化へと向かわせる。

 あまりに悲惨な科学技術の状況を受け、安倍政権は'17年4月20日、2020年までに科学技術分野への投資額について官民合わせて24兆円に増やすことを目標とする方針を固めたと報じられた。政府と地方自治体で計6兆円とし、民間企業には18兆円の投資を求めるとのことである。
 日本の科学技術予算は海外に比べると極端に低く、米国の4分の1以下の水準である。というわけで、日本政府は科学技術を増やそうとしているわけだが、PB黒字化目標が維持されている以上、例によって、
 「その分、他の支出を削るか、増税する」
 とならざるを得ない。科学技術予算が増えた分、減らされるのは公共投資か。医療・介護サービスか。あるいは、双方か。

 防衛費も同じだ。北朝鮮のミサイル危機が深刻化し、わが国が敵基地反撃能力を持とうとしたとする。敵基地反撃のための装備を整えるためには、もちろん予算と時間が必要になる。というわけで、敵基地反撃能力を自衛隊が保有しようとしたとして、
 「それでは、防衛予算を積み増すために、他の予算を削るか、増税を」
 と、なってしまうのがPB黒字化目標なのだ。

 しかも、最悪なのは、デフレ期のPB黒字化追求は、政府に緊縮財政を強要し、名目GDPの成長率を抑制することで、税収まで減らしてしまうという点だ。実際、'16年度の租税収入は対前年比で約8000億円も減ってしまった。税収が減れば、PBは悪化する。ならば「PB黒字化の早期達成を!」と、悪循環を繰り返す羽目になる。
 PB黒字化目標が残る限り、わが国が技術大国の座を取り戻すことはない。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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