田中角栄「名勝負物語」 第五番 小沢一郎(4)

田中角栄「名勝負物語」 第五番 小沢一郎(4)

(提供:週刊実話)

寡黙、物事への対応も遠慮がちだった小沢一郎は、“田中内閣樹立決起大会”を機に、時に血の気の多さ、積極的対応を見せ始めた。そうした中で、福田赳夫との雌雄を決める2カ月後の自民党総裁選を前にした昭和47(1972)年5月某日、官房長官の竹下登を国会近くの料亭『満ん賀ん』に呼び出したのだった。小沢とともに、同期の羽田孜、梶山静六ら4人の一年生議員も同席した。

 小沢は、こう噛みついた。
「竹下先生、われわれはいま、全力を尽くして田中先生を担いで動き回っている。対して、あなたは動こうとしない。これは一体どういうことなんですか」

 竹下は、こう弁明につとめた。
「君たちの気持ちは、十分に分かっている。ただ、私はいま佐藤(栄作)内閣の官房長官という立場だ。まだ、佐藤総理の正式な退陣表明がない中で、『次は田中だ』と動けるわけないじゃないか。やるときはやる。分かってくれないか…」

 竹下は佐藤派の中で田中角栄と同じ釜の飯を食ってはきたものの、田中はあくまで兄貴的存在であり、政治の師匠は佐藤栄作であるとの思いが強い。その佐藤の自ら退陣したあとの「後継」認識は、福田赳夫にあって、田中ではないことも知っていた。となれば、すべからく慎重、冷静な判断で知られていた竹下としては、この時点でおいそれと小沢らの動きに同調できなかったということだった。

 しかし、こうした竹下の弁明をもう一枚皮をめくると、田中と竹下の間には宿命的とも言える“溝”があり、これがこの期の竹下の田中支持の動きにブレーキをかけていた背景もうかがうことができた。そのことは、やがて田中が一貫して竹下政権の誕生に消極的となり、小沢までが竹下と距離を取る関係になることにつながっていった。

 さて、昭和47年7月に、「庶民宰相」「今太閤」の声に乗り首相の座に就いた田中は、ただちに日中国交正常化を成功させ、その余勢を駆ってこの年12月、総選挙に打って出た。自民党は圧勝、小沢も2回目の当選を果たしている。

 そんなある日、田中が小沢に言ったのだった。「一郎、おまえ、そろそろ嫁をもらったらどうか」。時に小沢30歳、「オヤジさんにお任せしますから、よろしくお願いします」と答えた。

 やがて、田中が小沢に妻合わせたのは、当時“田中ファミリー企業”などと喧伝されていた田中の地元・新潟県の最大手の建設会社『福田組』福田正社長の長女・和子であった。見合いで互いに気が合った2人は結婚を決意、小沢は改めて「仲人をよろしくお願いします」と田中に頭を下げたのだった。

★「こいつが総理になるんだ」

 ところが、田中はこの仲人を断った。
「バカを言うな。おまえには親父がいないじゃないか。ワシが“親代わり”だ。仲人じゃないぞ」

 見合いの翌年の昭和48年10月29日、小沢と和子は華燭の典を挙げた。披露宴は東京・紀尾井町のホテル・ニューオータニの芙蓉の間、時の首相が「親代わり」となれば政財界の大物が蝟集して当然、じつに1400人の出席者の数は、それまでの同ホテル始まって以来の盛大なものであった。

 一方、この結婚を機に、田中は財界人との会合に小沢を同道させることが多くなった。座敷では小沢を隣りに座らせ、「こいつがやがて総理になるんだ」と口にすることが多くなった。このことは、小沢が田中の「秘蔵っ子」であることが定着することでもあった。

 また、和子の妹の雅子が、竹下登の実弟で現・竹下派会長の竹下亘衆院議員と結婚したことにより、竹下登と小沢とは、ここで縁戚関係になっている。さらに、竹下登と“二人三脚”の政治生活を送ることになる金丸信(元副総裁)の息子と竹下の娘が結婚したことから、小沢は金丸とも縁戚関係となっている。このことにより、やがての竹下政権で、竹下、金丸、小沢のトライアングルが、微妙な関係を保ちながら、強力な竹下派経世会を構築することになるのである。

 ちなみに、小沢と和子の間には3人の息子ができたが、結局は離婚をよぎなくされている。どんな夫婦関係だったのか、小沢をよく知る政治部記者の弁がある。

 「和子夫人は、小沢の選挙区を本当によく守った。とくに、小沢が当選4回目となり、実力者として自分の選挙区を回る時間がない中、1人で留守を守っていた。大小の集会出席、街頭での徹底的な握手戦術など、夫人の“内助の功”あっての当選とも言えた。とくに、4回目の選挙では夫人が握手した人の数じつに2万508人、選挙戦終盤では手のひらが真っ赤に腫れあがり、腱鞘炎を起こして腕も上がらずで、その奮戦ぶりは地元の語り草になっている。

 また、小沢はのちに自民党幹事長を辞任したあとの平成3年、狭心症で入院した経緯があったが、以後、しばらく夫人によるカロリー計算をした“愛妻弁当”を持たされていた。夫人には、まったく頭が上がらない小沢だったのだが…」

 離婚の真相について憶測は飛んだが、しかとしたことは“薮の中”である。そうした中、田中は「秘蔵っ子」としての小沢に対し、内閣の要職に就かせることをあえてしなかった。どう育てるべきか。ここでは、田中ならではの“炯眼”が浮かび上がるのである。
(文中敬称略/この項つづく)

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小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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