ゼロ戦は日本の戦争を変えた。では「反撃能力」を保有したら、どうなる?

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『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、バイデン大統領がウクライナへ長距離ミサイル「ハイマース」の供与を決定したことから、岸田政権が保有を検討中とする「反撃能力」は「ゼロ戦の教訓」から学ぶべきだと指摘する。

(この記事は、6月13日発売の『週刊プレイボーイ26号』に掲載されたものです)

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5月31日、米バイデン大統領がウクライナへの高機動ロケット砲システム「ハイマース」の供与を決定した。携帯式ミサイル「スティンガー」などの短射程兵器と違い、ハイマースは最大で300km離れた標的を精密攻撃でき、その範囲はウクライナ国境からロシア領内の深い地点にまで及ぶ。

この発表を受け、プーチン大統領は6月5日に国営テレビを通じて「米が長距離ミサイルを供与すれば、ウクライナの新たな標的を攻撃する」と警告した。

ただ、米バイデン政権はこうしたロシアの反発を織り込んで、ロケット砲の火薬量調整でハイマースの射程を80kmに制限する方針を打ち出した。また、ウクライナ政府からハイマースをロシア領内への攻撃に使わない約束も取りつけたことも公表している。

バイデン政権がハイマースの射程に神経をとがらすのは、いたずらにロシアを刺激することを避けるためだろう。長射程の武器はそれほどまでに相手に脅威を与えるのだ。

ハイマースの供与をめぐる米ロの反応を見て思い出すことがある。軍事史に詳しい明治大学の山田 朗教授から聞いた話だ。

1941年、日本はハワイ・真珠湾の米軍基地を奇襲攻撃した。太平洋戦争の開戦となるこの戦闘で日本軍は大戦果を収めたものの、その後は連合軍との全面戦争で消耗し、45年の無条件降伏へと追い込まれた。

日本軍がなぜ真珠湾攻撃に打って出たのか。すでに多くの分析があるが、山田教授は、攻撃の前年にデビューした戦闘機「ゼロ戦」の長い航続距離がひとつのカギになったと指摘する。

それまで、欧米の戦闘機の航続距離はだいたい1000km台だった。これに対して、ゼロ戦の最大航続距離は3350kmと圧倒的な性能を誇った。

これにより、日本軍の最南端にある基地からフィリピンなどの海域に飛行して戦闘を行ない、そのまま無着陸で基地に帰るという作戦が実行可能となった。

そうなると、それまで南方戦線に配置されていた3隻の大型空母を、日本から東に約6600km離れたハワイへ展開することが可能になる。これにより合計6隻となった空母に大量の戦闘機を艦載し、真珠湾を総攻撃する一大作戦が軍部内で練られることになったのだという。

もしゼロ戦が開発されていなければ、ハワイ向けには3隻の空母しか配備できず、戦力不足で「真珠湾攻撃は立案すらされなかったはず」と山田教授は言う。それは戦略によって使う兵器が決まるのではなく、新兵器によって当初考えられなかった新たな戦略が生まれることを示す。「兵器による戦略の追い越し」といわれる現象だ。

岸田文雄政権は「反撃能力」の保有を「検討」中だ。反撃能力とは敵基地攻撃能力のこと。実際には、防衛省はすでに射程1500km超のスタンド・オフ・ミサイルの導入を決めている。

それだけの長射程であれば、日本国内から中国の北京や海南島、ロシア沿海部への攻撃も可能だ。当然、中国、ロシアは日本の先制攻撃も想定し、軍備を増強させ、日本も新戦略で応じるだろうが、その中に北京先制攻撃という「まったく新たな選択肢」が入る可能性が生じる。

長距離攻撃を前提とする反撃能力の保有には、日本の防衛の基本戦略を根底から変えるリスクがあるということを「ゼロ戦の教訓」から学ぶべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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