支配・従属関係の根源、日米地位協定を考える。松竹伸幸「1950年代の官僚の中心には、"いつかは日本に主権を取り戻すんだ"という気概を持つ人たちがいた」

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在日米軍兵士の公務中の犯罪は日本の裁判で裁かれることがない等、米軍の特権的地位を定めた「日米地位協定」。米軍関係者による殺人やレイプ、そして米軍機墜落事故などが起こるたびに注目が集まり、不平等条約としても取りざたされているこの協定には、知られざる部分が多い。

実はこの地位協定は、元々「日米行政協定」という今以上に不平等な内容のものがベースになっており、当時の日本の官僚は改定を要望し、アメリカ側と粘り強く交渉していた。

日本側の要望の何が認められ、何が無視されたのか? 2つの協定と改訂要望を一条ずつ検証し、その問題点を明らかにするとともに、アメリカ側といかに交渉すべきかを模索する集英社新書『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』を上梓した松竹伸幸氏に話を聞いた。

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――この本では日米地位協定と、その前に結ばれていた行政協定、そして行政協定を改定するに当たって官僚が要望を出した行政協定の問題点、これを第一条から全て詳細に解説していますが、全条項を分析していこうと思ったのはなぜですか?

松竹 2016年に沖縄県うるま市で米軍軍属による女性の強姦殺害事件があって、犯行に及んだ人間が軍属であったことから、「軍属って何なんだ?」というのが議論になりました。それまでも地位協定の本はたくさん出ていましたが、横田空域など米軍による航空管制の問題とか刑事裁判権、日米合同委員会、あるいは思いやり予算などにフォーカスした本はあるけれど、地位協定が定める「軍人」とか「軍属」の定義に関しての本はそれまで、恐らく一つもなかったんです。

5年前にあの事件が起きて軍属の定義が話題になったときに、私は日米行政協定が改定されて地位協定になった際の過程を振り返ってみたんです。すると、定義という、一見すごく無味乾燥に思われていたところにも、アメリカが自国の軍隊、あるいは軍人や軍属の特権を確保するために、いろいろ考えて日本と交渉しこういう協定を結んだ、ということが見えてきました。そして協定を結んでからも、アメリカは合意したことの既得権益をさらに広げていくために、いろいろやってきていたんです。

考えてみれば、地位協定は軍人や軍属の特権をどこまで広げるか、あるいは、どこまで義務を免除するかを定めたものですから、軍人と軍属の定義次第で「特権を得られる人の範囲」がまるで変わってくるわけです。

「自分たちは今まで、それほど大事な問題を見過ごしていたんだ」と感じ、「じゃあ、きっと他のところにもそういう問題があるかもしれない、やはり地位協定の全体を見なければならない」と思ったのが出発点だったんです。

――米軍の軍人による犯罪は昔からあって、それもひどいとは思われていたけれども、軍人ですらない人が、米軍とちょっと関係があるということで、裁判を逃れてしまうとか、日本で裁かれないとか、いろいろな問題がある。うるま市の事件の場合は、それが軍属だったわけですけれども、そういう「軍属の定義」も地位協定の中にあるわけですね。

松竹 はい、そうです。日本ではそうやって問題になったけれども、イラク戦争を見ても分かるように、21世紀になりアメリカの戦争の仕方が変わって、「民間軍事会社」(private military company=PMC)という地位協定上は軍人でないにも関わらず、軍人と同じだけの殺傷能力を持っている者が、戦争の主役になってきた。

かつ、うるま市の事件を受けて軍属の定義を明確にしたと言われる、軍属に関する日米合同委員会の合意を見ても、この中に民間軍事会社が入っているのか、入っていないのかも、文面を見ただけではよく分からない。そういう非常に大事な問題が第一条ひとつとっても存在するということが、出発点でした。

■改定当時の官僚はアメリカ側に強い要望を出した

――軍属の定義と同じように、地位協定のそれぞれの条項に隠された部分、あまりクローズアップされていなくて日本人が全然知らないようなことがあるだろうと。そこを詳細に見極めていかなきゃいけないと?

松竹 そうです。そしてもう一つは、それを何とかしないとダメだなと思って考えているときに、沖縄タイムスで「行政協定改訂問題点」の報道があった(2020年1月19日)。以前から私には全条項についての問題意識があったので、改めてこの「改訂問題点」をよく眺めてみると、行政協定から地位協定に変えるに当たって、日本政府がどこを「変えたい」と願ったのか、どこは「このままでいい」と思ったのかが見えてきたんです。

あるところは「このままでいい」となっているわけです。ところが、あるところは、もう「全文削除」という強い要望を出している。その違いはどこにあるのか、と考えました。やはり日本の官僚は、日米安保条約で周りの、当初はソ連、今だったら中国とか、北朝鮮とかに対抗していくため、アメリカの軍事能力に頼る。「頼るからには、やはり意見は言えない」というのがあったんです。

しかし「日本の国家主権を貫きたい」という気持ちは、戦前戦後の官僚には存在した。とりわけ1950年代の官僚の中心は、戦前の人たち、アメリカと戦争していたような人たちですから、「いつかは日本に主権を取り戻すんだ」という気概を持つ人たちがいた。

行政協定と地位協定、そして「改訂問題点」を全条項比べてみるうちに、彼らの葛藤がすごく見えきたんです。そんなふうに日本の国のありよう、官僚のありようが見えてきたので、今回、全条項を分析する意味を見いだしました。大きく言うと、その二つだと思います。

■地位協定に改定した際に表現を変えさせた。そこを論拠にアメリカ側と交渉の余地はある

――この本を読んでいくと、官僚たちが出した日本側の要望、たとえば「これは全項を削除してほしい」とか、そういう要望を出しているんですが、アメリカが多少譲歩して、ちょっとだけ言葉の表現をソフトに変えたりしている部分もあるようですが、完全に無視されてしまっているところも多いですよね。

松竹 そうです。そこをどう読み解くか。それについても、この本にいろいろ書いていますが、条文の書き方が変わっている、たとえば第三条の「管理権」だと、権利とか権力とか権能という、行政協定ではすごく強い書き方をしていたものを、地位協定では表現を弱めたところもある。それは、その後に運用されている実態を見るとあまり変わっていないので、「やはり腰砕けだな」と思う側面と、「言葉だけは変えた」という面もあると思うんです。

今の対米完全従属的な官僚や行政のやり方を前提としていては、あまり変わらないかもしれないんだけれども、「こうやって権利を否定したんだ」「権利という言葉を使わなかったんだ」ということを逆手に取って、そこに自信を持って闘うと、そういうことに依拠して何かを勝ち取ることを可能にするような変化だったと思うんです。実態は変わっていなくても。その辺は、やはり正確に行政協定と地位協定を見比べることによって、その違いをつかむことも大事だと思いました。

――地位協定で使われている言葉が、交渉の材料にもなるというわけですね。日米地位協定は不平等条約ではあると思いますが、一応、アメリカは民主主義国であり、「私たちは民主主義の国だ」ということを世界に喧伝している国だから、そこを盾に取って、「あんたらはこうやって書いているじゃないか、こういうふうなことを言っているじゃないか」という闘い方で、アメリカに討論を挑んでいって譲歩を勝ち取ることは、日本の官僚や政府側にそういう気概があれば、決してできないことではない、と。

松竹 ええ、本当にそう思います。

■米国内の訓練では住民に配慮する米軍がなぜ日本では住民に配慮しないのか

松竹 それと、この本の後書きは、ちょっと長めの追加をしました。何を追加したかというと、米軍はアメリカ本土でも軍事訓練をするわけですよね。日米地位協定で、日本を軍事優先で使っていますが、アメリカ本土では米軍も住民に配慮した訓練をやっているんです。でも、日本にやってくると、そういうことは行なわれない。なぜアメリカで可能な「配慮した訓練」が日本ではできないのか?

アメリカは今、おっしゃったように民主主義国家だから、軍事優先といっても、やはり主権者である国民のことは考えてやるわけです。ところが日本に来ると、それができない。日本政府もやはり、それはできないと言う。つまり軍事の安全保障の分野では、民主主義国家でなくなってしまう。なぜかというと、軍事の分野では日本に決定権、裁量権がないから民主主義を貫けないというか、国民を大切にできないことになってしまう。その日本型の構造が、大変よく伝わってくるなと、この本を書きながら思ったんです。

――アメリカ本土で米軍が訓練をするときに住民に配慮するというのは、たとえば飛行機の超低空訓練は市街地ではやらないとか、日本でやっているより、もっと高い高度でやるとか、そういうようなことも入るわけですよね。

松竹 そうです。だから、アメリカ本土では、たとえば低空飛行訓練といったって、普通、ヘリコプターで飛ぶぐらいだったら、向こうから飛んできたなというのが分かって、目で見て回避できるわけですよね。それでも事故は起きる。ところが、米軍機の低空飛行訓練というのは戦闘機がやるわけですから、山あいで、左に行って、右に行ってと、すごく危険な訓練をやる。だから、パイロットにも死者が出る。日本でも、高知県の早明浦(さめうら)ダムに米軍戦闘機が落ちて死者が出たこともあります(1994年10月。墜落場所から500mの地点には保育園もあった)。

その早明浦の事故で米軍が作成した報告書を見ると、米軍機が訓練する場合のルールは、「目で見て避けろ=See&Avoid」だと書いている。普通だったら、そんな目で見て避けられるようなものじゃないわけですよね。イタリアで、アヴィアーノの基地を飛び立った戦闘機が、スキーのゴンドラのケーブルにぶつかって、ゴンドラが落ちて何十人かが一遍に亡くなった事故がありましたけれども、その報告書を見ても、機内のパイロットにゴンドラのケーブルが見えたときには、接触まであと一秒というところまでに迫っていて、避けられないような状況なので。

本当に有事型の訓練をやるにしても、どうやったら住民に被害が及ばないかということを考えないと、やはり大変な事件や事故が起きる問題です。ですから、それらを両立させるには、日本政府が住民の命を守る、という姿勢を強く貫かなければならないと思います。

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■米軍基地内での新型コロナ感染爆発について

――あと、昨年話題になったのは、沖縄の米軍基地などで新型コロナ感染者のクラスターが発生したけれど、日本政府は何人米兵が日本に来ていて、うち何人コロナに感染しているのか、そういうことを全然把握できないわけですよね。

松竹 そうなんです。把握できないといっても、少なくとも日米の取決めで、こういう感染症が起きたときに、アメリカ側から日本に通報するという義務は生じているわけですが。「指定感染症はみんな通報する」ということを何年か前に決めたので、しなければならないし、当初、そういう報告はされているのです。ただ結局この問題も、要するにアメリカ側がやめると言えば、強制できない。

コロナだけじゃなくて、たとえば沖縄県や全国知事会などでも「いったい米兵が今、どれぐらい入ってきているのか、軍人やその家族はどれぐらいいるのか」という問題がずっと議論になっていて、それは通報するという制度があるんです。これも制度上、協定上の義務としてあるんだけれども、今はアメリカが一方的に、「米兵の安全確保のためにできなくなった」と通告して終わってしまうんです。

――安全確保というのは、「何名が日本に入ってきて、何名がコロナだ」と言うと、「今この基地は弱体化している」ということが、たとえば仮想敵国などに知られてしまうことを忌避するということですか。

松竹 その辺の詳細は、問いただしてもいないので分からないですが、恐らくそういうことだと思います。 

よく言われるのは、「米兵は一体グアムにいるのか、沖縄にいるのか」。コロナ問題みたいなことが起きた際、本当に一番大事なのは、日本だって濃厚接触者は誰なのかということを追わなければならないときに、グアムから日本にやってきて、その米兵が自由に沖縄に出てきて、要するに誰が感染しているか分からなければ、濃厚接触者の追跡もできないわけですよね。

――はい。

松竹 そういう基本的なことが軍事上の都合によってなおざりにされると、やはり日本国民の命や健康に対して大きな脅威になる。そこを日本政府は強く自覚しなければならないと思うんですね。

――米兵とか、その家族の場合は、入国審査も何も受けないで入ってきてしまうわけですね。そして一応行動制限はされているものの、実際は兵士や家族で感染しているかもしれない人が、米軍基地から表に出てバーで飲み歩いたりしているかもしれないわけですね。

松竹 かもしれないです。アメリカはすごくコロナが広がっていて、空母の中での感染爆発が大きな問題になりましたよね。艦船、特に潜水艦だったら換気そのものができないので大変なことになるから、やはり米軍にとっても感染を抑えることは至上命令だと思います。なにしろ通常の軍隊の展開ができなくなるので。だから、ちゃんと対策を取っているはずだとは思います。それを期待するというか。そうじゃないと軍としての役割を果たせないだろうし。

でも公務中は、そうやって艦船の中で感染が広がらないために緊張を強いられている人が、もしかしたら、日本にきて艦船の外に出ることができて気が緩むこともあり得ますよね。

――そうですね。恐らく米軍基地の中では、彼らは感染していれば隔離されていると想像するんですけれども......。

松竹 ええ。ずっと緊張はしていられないので、どこで緩むかというと、そこで緩む危険性が一番強いとは思います。

――指定感染症は通報義務があるというのは、地位協定とは別に、日米の普通の......。

松竹 日米合同委員会の合意ですね。

■「軍属」の定義の問題

――アメリカの戦争の仕方が変わってきて、民間軍事会社が戦争の主役になってきたというお話がありましたけれども、イラク戦争などでも、危険な作戦に率先して投入されて、割と死傷者率が高いと。軍隊の中でも特殊部隊出身者とか、そういうような人たちが、軍を辞めてからそういうところに入るケースが多いそうですね。非常に殺傷能力の強い人たちが、軍属として日本に入ってきている可能性も、結構あるということですね。

松竹 はい。

――ただし、うるま市の事件で、実際に犯罪を起こした軍属のシンザト・ケネス・フランクリンはインターネット関連会社の社員で、要するに軍の下請として、基地のインターネットとかを整備しているとか、そういう人間だったんでしょうか。

松竹 そうですね。だから別に軍隊に雇われていたんじゃなくて、まさに請負業者、請負の会社、日本にある会社の社員でした。普通、軍属といったら、軍隊が海外へ行くんだったら軍と一緒についていく人が主ですけれども、シンザト受刑者はずっと日本に居続けるという人だったわけですよね。だから、軍属の概念から相当外れた人だったわけですよね。

――そういう人までも軍属に含めて、最初は日本での裁判を免除しようというような動きがあったわけですね。

松竹 そうですね。さすがに免除はできなかったとは思いますが。

――ただ、米軍としては、軍に関わりのあるというか、自分たちが直接、軍人としては雇っていなくても、関わっている人間にも米軍人と同じような特権や訴追の免除等、いろいろなものを広げようという意図が?

松竹 そうです。アメリカにとってみれば、そうやって特権を広げたほうが仕事をさせる上でも、そういう特権があるよ、ということで雇いやすくなるわけですから。

でも、この本にも書きましたが、普通、軍属というのは、軍隊に雇われている民間人なわけです。やはり軍に雇われているかどうかが非常に大きくて、軍としても雇っているがゆえに、責任も生じるし、何か罪を犯したときに統制できる。

ところがシンザト受刑者は、軍が雇っているわけではなく、民間会社に雇用されていた人間ですし、軍と共に駐留しているわけでもなく、日本に住んでいるわけです。そういう人にまでも軍属としての特権が与えられていたということが、大変大きな問題だったと思います。

――そうですね。ただ、あの事件が一つのきっかけとなって、軍属というものの定義も少しは変わったのでしょうか?

松竹 変わりました。シンザト受刑者のように、民間の会社に雇われて勤務していて、そこを辞めた後もずっと日本に住み続ける人は、協定の対象にはならなくなりました。

ただ、外務省などに聞いてみても、米軍が民間軍事会社をコントラクターと認定すれば、民間軍事会社の社員でも協定の対象にはなる、と言うのです。そういう点では、「民間軍事会社の社員に軍属としての特権を与える道を作った」とも言えます。

■本書は「解説部分を先に読んだ方が読みやすいです」

――いまだに日米地位協定はいろいろな問題を含んでいるので、それを今回この本で全部、詳細にわたってチェックすることで、問題点をあぶり出していこうと。

松竹 ええ。率直に言って、読みづらいところもたくさんあるとは思います。協定そのものに、私が何回か読んでも訳が分からないような難しい、複雑な書き方をしているところもたくさんありますし。

――ただ、地位協定、地位協定と行政協定の条文と日本側の要望があって、その後に松竹さんの解説があるわけですけれども、条文は飛ばして解説部分だけを読んでも理解できるような書き方になっていますよね。

松竹 そうです。ですから解説部分だけ先に読んでもらって、それで協定の条文に関心を持ったら、そちらを見てもらえばいい、という形にしています。

――それだと読み進めるのが、かなり楽ですね。協定の条文からいきなり読もうとすると、つまずく人も多いと思うので。まず解説部分だけ読めば問題のアウトラインが頭に入るので、「解説部分で引用されているここは何かな」と思ったら、前のページにある、オリジナルの条文を読めばいいわけですね。

松竹 はい。ぜひ、そうしていただければ、と思います(笑)。

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『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』新書判/272ページ 880円(本体)+税

■松竹伸幸(まつたけ・のぶゆき)
1955年長崎県生まれ。 ジャーナリスト・編集者、日本平和学会会員、自衛隊を活かす会(代表・柳澤協二)事務局長。専門は外交・安全保障。一橋大学社会学部卒業。『〈全条項分析〉日米地位協定の真実』『改憲的護憲論』(集英社新書)、『9条が世界を変える』『「日本会議」史観の乗り越え方』(かもがわ出版)、『反戦の世界史』『「基地国家・日本」の形成と展開』(新日本出版社)、『憲法九条の軍事戦略』『集団的自衛権の深層』『対米従属の謎』(平凡社新書)など著作多数。

取材・文/稲垣收

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