東京オリンピックのさまざまな混乱を招いてしまった最大の要因

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(7月21日放送)にジャーナリストの佐々木俊尚が出演。IOC総会が開幕したニュースを受け、さまざまな混乱を招いたオリンピックの要因について解説した。

建物に描かれた東京五輪・パラリンピックのエンブレム=2021年6月2日午後、東京都目黒区 写真提供:共同通信社

IOC総会開幕〜菅総理が「安全安心の大会を実現」と宣言

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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」

理念がないから決断ができない

佐々木)もちろん、世論を伺うのは大事だけれども、一方で世論に右往左往してしまうと、一体、理念はどこにあるのですかということです。「このくらいまでの感染であれば有観客ではやりません、無観客でやります」、「ただしこの程度で抑えられるのであれば、有観客は実行します」と、そこの線引きをきちんと政治が示す。そして、なぜその理由で判断するのかというのは、「感染症の専門医からこういう意見があり、組織委員会のこういう意見、アスリートのこういう意見があり、メディアなどの世論があり、それらを勘案した結果、我々はこうやるのだ」ときちんと決断を示すところが大事なのですが、それができないでいる。

政治決断をしたイギリスのジョンソン首相

佐々木)イギリスは、いいか悪いかは別として、ボリス・ジョンソン首相がリーダーシップを取って、「決して感染者ゼロにはなっていないけれども、開くのだ」と。「マスクなしでOKだ」と決めて実行しています。実際はそれでも1日1万人ほど感染が増えていて、「大丈夫なのか」と言われているけれども、それは政治決断なわけです。

空気の抑圧で押し流されて戦争を始めてしまった第二次世界大戦

佐々木)日本はそこを許さない。その背景には、片山杜秀さんが『未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命』という本で指摘されていますが、日本は政治がリーダーシップを取ると、すぐに「独裁だ」と大騒ぎして、結局リーダーシップが取れないまま、空気の圧力で押し流されて行く。それこそ山本七平が『「空気」の研究』という本で、第二次世界大戦が何で始まったかと言うと、ヒトラーやムッソリーニというファシストがいたからではなく、何となく誰も「やめよう」と言えなくなってしまい、空気の抑圧で押し流されて戦争を始めてしまったということを指摘されていたけれど、いまはそれと同じ状況になってしまっているわけです。

飯田)あのときも総力戦研究で、「これは勝てない」ということはデータとして示されていたのだけれども、それに基づいた意思決定ができなかった。

佐々木)会議では「やるしかない」と言いながら、家に帰ったら奥さんに「俺はこの戦争は無理だと思うんだよね」とコソコソ言っているような。いまと同じですよ。本当であれば、政治家がリーダーシップを取って、「もうやります、やりません」と言えればいいのだけれど、それができずに空気の抑圧で流れて行ってしまう。みんな、心の底では「これではまずいよね」と言っている。そういう状況になってしまっていることは、問題があると思います。

日本の混乱を招いている最大の要因は「曖昧模糊とした判断基準でとにかく評価しない」という日本社会の空気感

飯田)先ほど、小山田圭吾氏の話がありました。いろいろな見識や意見があるなかで、辞めさせるのであれば即座に切るべきだったし、そこで辞めさせないという決断をしたのであれば、火だるまになってでもやれよということですよね。

佐々木)結局、何事も空気に押し流されて決まるとみんなが安心するという、これは政治家の責任というよりも、リーダーシップを独断専行と呼び、政治決断をファシズムと呼ぶ、日本社会のある種の空気感のようなもの、文化のようなものが引き起こしてしまっている部分もあると思います。

飯田)日本の文化のようなものが。

佐々木)実際に、これで組織委員会や首相が「有観客でやる」とか「無観客だ」と言った瞬間に、みんな袋叩きにするではないですか。政治決断をある程度評価し、その評価の軸がある種の理念に基づいた評価や、理念に基づいた反対であればいいのだけれど、そうではなく、「リーダーシップを取ること自体がけしからん」という、よくわからない曖昧模糊とした判断基準でとにかく評価しない。そこに行ってしまっているのが、日本の混乱を招いている最大の要因ではないかと思います。

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