オリンピックはなぜ「商業主義化」したのか 元JOC参事が説くその意義

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(7月23日放送)にスポーツコンサルタント・元JOC参事の春日良一が出演。オリンピック憲章について解説した。

【東京五輪2020】開会式で国立競技場から打ちあがる花火=2021年7月23日午後、東京都渋谷区 写真提供:産経新聞社

【東京五輪2020】開会式で国立競技場から打ちあがる花火=2021年7月23日午後、東京都渋谷区 写真提供:産経新聞社

オリンピック憲章 その精神は「スポーツで平和」

オリンピック憲章は、国際オリンピック委員会(IOC)によって採択されたオリンピズムの根本原則、規則、付属細則を成文化したもの。つまり、オリンピックのあり方、運営の仕方を定めた規約のことを言う。

飯田)よく「オリンピック平和の祭典」と形容されることがありますが、その辺りの理念というものが盛り込まれているのがオリンピック憲章ということですか。

春日)そうですね、1894年に国際オリンピック委員会(IOC)が創設されるのですが、これが求めたものが「スポーツで世界を平和にしよう」ということです。その時代というのは第一次世界大戦が起こる直前ですから、とても不穏な空気があって、世界が自分たちの国のことばかり考えて争う形になっていた。それを何とかしたいと思っていたピエール・クーベルタン男爵というフランスの方、教育者ですが、その方が古代ギリシャにおいて休戦の思想があったオリンピックがありました。そのころ発掘が進んでいて、いろいろ出てきた時代でもあったので、そこで本当にやっていたということもわかっていました。4年に1度武器を置いて集まるというスポーツ大会をやるということをいまの時代に取り戻すことができれば、戦争状態に陥るかもしれない危機を乗り越えられるのではないかという発想で国際オリンピック委員会を立て、オリンピック競技大会をつくっていくということになるわけです。その歩みのなかで、1899年に国際オリンピック規則というかたちで、クーベルタン自身が草案したのがオリンピック憲章のもとになります。その精神は「スポーツで平和」ということに尽きます。

飯田)その「スポーツで平和」という理念のなかで、その後の歴史を見ると、さまざまな歴史に翻弄されてしまったという部分……(1916年の)ベルリンのオリンピックであったり、1940年の東京オリンピックが中止になったという歴史もありますが、そういうところから学ぶ部分というか、取り入れる部分があったわけですか。

春日)基本的な理念は変わっていません。つまり、4年に1度平和の祭典を開くということ。オリンピヤードというのが4年に1度ですが、そのオリンピヤードの第1年目にやるのがオリンピックで、せめてそのときは休戦しましょうという思想ですから、それをやっている……ただ、おっしゃったように、1916年のベルリンのとき、第1次世界大戦で中止になります。1940年、実は東京でやれることになっていたのですが、満洲国の問題などもありまして、軍国主義が(開催を)返上してしまう。そのあと1944年は第2次世界大戦でできないということで、戦争があるとできていないというのが現実です。でも、できていないけれども、オリンピヤードの回数はずっと残していまして、私たちは「やりたい、この休戦を伝えたい」というのはずっと残しています。それが、ある意味反戦の思想にもつながっているわけです。そういう形で、いろいろな問題は、常に社会・世界との戦いがあるわけで、政治との戦いといってもいいでしょうけれども、そのなかで希望を持ってスポーツによって人々がつながるということを目指していくことを諦めていないというのがオリンピック運動です。

7月8日ニッポン放送「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!」出演時の春日良一氏(写真左)と、飯田浩司アナウンサー(同右)、増山さやかアナウンサー(同中央)

「悪い意味での商業主義化ではない」オリンピックマーケティングの発想

飯田)そのあり方というのが、日本国内で問われたりすることも多く、“商業主義”であるなど批判されることも多いわけですが、他方で、ちょっと小耳に挟んだくらいなのですが、オリンピックの収益の部分、例えば、放映権料だとかは、けっこうマイナーなスポーツなどのところに還流していって、全体としてスポーツを支える部分でも実は仕組みとしては機能しているという話があると思うのですが、これはどうなのですか。

春日)その通りですね。なぜ商業主義化したのかということを考えなければいけないのですが、1984年のロサンゼルスオリンピックで、これはまさに公的資金をつかわないで、スポーツが稼ぐお金でちゃんと運営していくとか、寄付で運営していくとかという形で、公的資金をつかわない形でやってみせたのです。しかも、それで500億円くらいの黒字を出しているわけです。それをまたいろいろな振興につかっていくわけです。このパターンをIOCは学んで、それからのオリンピック運動に活かすわけです。冷戦時代ですけれども1980年にモスクワオリンピックがありましたけど、政治的な理由で西側がボイコットするという、オリンピックの理念に反することが起こった。これはなぜかというと、それまでオリンピック自体が巨大化して、なかなか公的資金だけでは賄えない。そうするとオリンピックが潰れるかもしれないという状態にありました。そして政治に対して力強い発言をするための財政的基盤も必要だとなっています。そのときに、商業化することによって、オリンピックを救っていこうというのが最初の発想にあるわけです。

飯田)そうですか。商業化って、いまだと批判されますが、あの当時はボイコットの直後で、国からお金を出してもらっておいてボイコットはやだと言えなかったという、その反省があったわけですね。

春日)そうですね。スポーツ自身がスポーツで稼いでスポーツのために使うというのがオリンピックマーケティングで、これを商業主義化と言っていいのだけれど、悪い商業主義化ではないと私は思っていまして、冒頭に飯田さんがおっしゃっていたように、全部いただいたものは90%スポーツのために還元します。ですから、さっきの(不参加宣言していた)ギニアの問題なども、そこにはお金が行っているのです。あとおっしゃったマイナースポーツもあります。そういうところにも行っています。そういう形で10%はIOCの運営費につかいますが、すべてそういう賄いにしているという形になりますので、決して悪い意味での商業主義ではないということです。

飯田)なるほど。

 

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