ノーベル賞受賞者が語るEVの限りない可能性

「報道部畑中デスクの独り言」(第263回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、電気自動車(EV)の可能性について—

吉野彰さん(2019年10月 ノーベル化学賞授賞決定の記者会見で)

自民党総裁の菅義偉総理大臣が9月3日、総裁選に出馬しないことを表明しました。年内に行われる衆議院選挙も控え、政界は1日1日刻々と状況が変わる、駆け引きが続く……まさに権力闘争真っただ中です。

一方、菅総理が今年(2021年)初めの所信表明演説で示した「2050年のカーボンニュートラル」の動きはとどまることなく続いています。特に演説で「2035年までに新車販売で電動車100%の実現」を明言して以降、日本でもクルマの電動化が大きな課題として浮上して来ました。政権が変わっても、この動きが止まることはないでしょう。

「日本はガラパゴス状態、危機的な状況と認識している」

リチウムイオン電池の開発でおととし(2019年)、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんの発言です。EV=電気自動車については最近、FCEV=燃料電池自動車、PHEV=プラグインハイブリッド車と区別するため、BEV=バッテリーのみで走る電気自動車と呼ばれることが多くなりました。こうしたなかで、日本におけるBEVの実態は……? 吉野さんは厳しく指摘しました。

ある調査結果を基にした吉野さんの分析はこうです。BEVは2019年までは中国だけが先走りしていましたが、最近ではEU(ヨーロッパ連合)諸国が中国を逆転したと言います。おりしもEUは、2035年までにガソリン車の新車販売を禁止すると発表しました。

ヨーロッパを中心にいまはカーボンニュートラル、温室効果ガスゼロに向けて、EV化への動きはまさに“風雲急を告げている”状況です。アメリカについては現在まだ大きな変化はないものの、環境政策に力を入れるバイデン政権の誕生で、今後1〜2年先に相当に伸びて来ると推測されます。

危機感はクルマだけにとどまりません。電池メーカーにも及びます。

「意外と健闘している。残念ながら日本にマーケットがないので、顧客はすべて海外だ」

吉野さんは現在の日本の電池メーカーについては評価しています。しかし、日本では現状、BEVの市場が小さいために、電池の顧客は海外が中心であり、「何とか崖っぷちで必死に頑張っている」という認識です。

電池の原料となる正極材料、負極材料といった部材もまたしかり。現在は何とか優位性を保っているものの、海外勢が乗り出して来るとして、これまた危機感をあらわにしました。

日産・内田誠社長(日産公式YouTubeから)

実は吉野さんの発言は、6月に行われた自民党の通称「バッテリー議員連盟」という議員連盟の会合で講演されたものでした。衆議院選挙を控え、こうした有志による議員連盟は雨後の筍のようにつくられました。しかし、往々にしてトップに政界の実力者が就くために、ついつい政局の視点で語られてしまいます。

権力闘争も結構ですが、政治家のセンセー方も真剣に議論して欲しいものです。こうしたなかで発せられた電池研究・開発の第一人者、吉野さんの提言は傾聴に値するものと言えましょう。

講演ではまた、EV化をめぐるさまざまな可能性についても言及しました。その1つは蓄電、電気をためるシステムの構築です。

「基本的にクルマに搭載している電池と、蓄電システム用の電池はまったく一緒。クルマに積んでいる電池を蓄電システムとして使いましょうという発想が出て来る。一気に問題は解決できる」

今後、伸びが期待される再生可能エネルギーですが、吉野さんはコスト面を考えると、普及に蓄電システムは必須と主張します。再生可能エネルギーの普及のために必要な電池は、2030年時点で1600ギガワット時、これは世界中の発電所1600基が発電する量を1時間ためるという巨大な量。それを駐車などで「90%が遊んでいるクルマ」を蓄電システムに応用すれば、問題は解決するというわけです。

今後EV化が進めば、消費する電気は膨大になって行くでしょう。ただEVをつくっただけでは、ますます電気の垂れ流しになってしまうことになります。そこで電気をどうためるのか、電気をどう大切に使うのかも大きな要素になって行くわけです。さらに、吉野さんは次のように語ります。

「無人自動運転、シェアリングはカーボンニュートラル、環境問題で非常に大きな力になる。そのためにはクルマがEV化されていないとダメ」

自動運転につながる技術は現在のクルマにも導入されていますが、「オール電化」のEVと自動運転は相性がいいわけです。まさにCASE=コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化……次世代の自動車のカギと言われる技術を、吉野さんは電池開発の視点から包括していると言えます。

一方、次世代の自動車はクルマ単体では成り立ちません。自動運転にしても蓄電にしても、環境問題、エネルギー対策、インターネット社会、将来の街づくりも考えながら、広い世界のピースの1つとしてクルマを位置付ける必要性を改めて感じます。それについては、例えば自動車メーカーにもこんな動きがあります。

「ウーブン・シティ」地鎮祭であいさつするトヨタ自動車・豊田章男社長(トヨタ提供)

「これまでのクルマの枠を超えた新しい価値を提供することも、電動車両の普及には大変重要」(日産自動車・内田誠社長)

日産は日本国内ではEV化、なかでもBEVのトップランナーとされていますが、実はクルマというハード以外にも行政との連携、ソフト面での「仲間づくり」を進めています。EVを活用して地域の課題解決を図る「ブルー・スイッチ」という取り組みは、8月には仙台市との協定を締結し、139件目となりました。

いまのところ、災害時に電気自動車の電源から電気を供給するといった、防災面の協力がメインですが、これは今後の街づくりにもつながる、地味ではありますが、重要な取り組みであると思います。

そして街づくりと言えば、トヨタ自動車が静岡県裾野市の工場跡地に先端技術都市「ウーブン・シティ」の着工に乗り出しました。2月に行われた地鎮祭での豊田章男社長は、この都市を「ヒト中心の街、実証実験の街、未完成の街」と位置付けます。

「ウーブン・シティ」のWovenとは「織られた」という意味。トヨタによりますと、網の目のように道が織り込まれ合う街の姿を示しているということですが、トヨタ自動車の源流である「織機」に由来するという説もあります。トヨタはアメリカの自動運転部門を担う企業や、自動運転に欠かせない高精度地図を分析する企業を買収するなど、「仲間づくり」を着々と進めています。

バッテリーについては、技術的なことにも若干触れておきます。BEVに欠かせないリチウムイオン電池のなかでも、最近は「リン酸鉄リチウムイオン電池」が注目されています。いま使われているリチウムイオン電池の多くは、「コバルト酸リチウム」が原料となっています。

コバルトはレアメタルの一種で高価なだけでなく、材料が劣化したときや加熱されたときには、発火=火が出る可能性があります。一方、リン酸鉄を使ったものは発火が起きません。それだけでなく、鉄やリンは地球上にほぼ無限にあり、安く調達できるのもメリットです。

一方、電気容量については現状、コバルトやマンガン、ニッケルには劣ります。また、絶縁性が高い、電気を通しにくいこともデメリットです。これを克服するためには、表面にナノレベルの非常に細かいカーボンをコーティングすることが必要です。

リン酸鉄を使ったリチウムイオン電池は、主に中国で使われることが多いとされていますが、このカーボンコートの処理コストを下げられるかどうかが課題です。いずれにしても将来性のある技術と言えるでしょう。

このように見てみますと、EV、特にバッテリーのみで動く電気自動車=BEVがもたらす世界は無限に広がっているように感じます。一方、将来の社会の構築に向けて、EV化の流れは果たして絶対的なものなのでしょうか……次回はさまざまな方法を模索する自動車メーカーの“秘策”についてお伝えします。(了)

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