「江戸時代はエコだった」の嘘 〜エネルギーのすべてが木だった

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(10月6日放送)にジャーナリストの佐々木俊尚が出演。「江戸時代はエコだった」という誤った神話について言及した。

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」

「江戸時代に戻れ」と言うが、当時は森林が破壊されまくり、稲作も限界だった

ジャーナリストの佐々木俊尚氏が、メディアプラットフォームの「note」で環境問題について興味深い文章を寄稿している。ここでは「エコだった江戸時代に戻れ」という誤った神話について言及した。

飯田)環境問題について、佐々木さんは「note」で「江戸時代に戻れ」という主張について寄稿されていらっしゃいました。

佐々木)これは『「20世紀の神話」は今こそ終わらせるとき』というシリーズの1つです。

江戸時代はエコではなかった

佐々木)2014年に内田樹さんが「江戸時代は偉かった。Back to Edo era!」ということをツイッターで書かれて話題になったり、立憲民主党の枝野さんが『枝野ビジョン 支え合う日本』という新書を5月に出され、「日本の伝統に還れと保守は言うけれども、あれは明治以降の伝統だろう。我々は江戸時代以前に戻るのだ」というようなことを言っています。同じように「江戸回帰」と言っている人が多いのだけれども、いろいろな本を読むと、実際の江戸時代というのは、まったくサステナビリティがなかったのです。

飯田)よく「江戸時代はエコだった」ということを言いますけれどね。

佐々木)特に意識高い系の人たちは言うのですけれど。『森林飽和 国土の変貌を考える』という本が名著として有名ですが、江戸時代はいまの日本ほど、森林がたっぷりある状態ではなかった。

飯田)そうなのですね。

佐々木)私は山歩きをするので、田舎によく行くのですけれど、行くたびに「こんなに緑が大量にあるのか」と思います。里山と言われていたものが完全に崩壊して、原始の自然に戻りつつあるのです。

エネルギーのすべてが木だったため常に「はげ山」だった江戸時代

佐々木)一方で江戸時代というのは、言われてみれば確かにそうなのだけれど、「東海道五十三次」などの浮世絵を見ると、背景に山があるではないですか。なぜか、だいたいはげ山でポツポツと木が生えているだけです。

飯田)言われてみれば、あまり緑の印象がないですね。

佐々木)当時は山の木を切りまくっていたのです。石油も石炭もないですから、エネルギーはほぼすべて木だったのです。

飯田)なるほど。

佐々木)「おじいさんが山へ芝刈りに行きました」というあれです。ものすごい勢いで木を切り取った結果、常に山は「はげ山」の状態だったということです。

「持続可能性」はなかった江戸時代

佐々木)はげ山ではどうなるかと言うと、保水能力がなくなります。だから常に土砂崩れや洪水の危険性があって、苦しめられていたのです。

飯田)そうだったのですか。

佐々木)おまけに農業はどうだったのかと言うと、肥溜めから持って来る肥料では足りないので、木の緑を使って肥料をつくるのだけれど、エネルギーとしても木を切ってしまうから、農業は持続不可能な状況に追い込まれていたのです。

飯田)それで飢饉が起こったりしたのですかね。

佐々木)そうなのですよね。江戸時代は終わるべくして終わってしまった。「全然、持続可能性はなかった」ということがいろいろな本で指摘されているのです。

「環境はいまが最も素晴らしい」と言う事実を認識するべき

飯田)歴史の事実としても、あるいは浮世絵などの傍証も含めて。

佐々木)この数十年の歴史学や考古学の資料から明らかになって来たのです。それを知らないで、未だに「江戸時代はエコだ」などと言っている人は「いまさら、何を言っているのだ」ということです。

飯田)技術を否定しながらエコのようなことに陥ってしまうから、解決策にならない。

佐々木)いまは緑が多過ぎて困っているくらいなのです。熊などが出て「処分します」ということになると、「熊が可哀想だ」、「人間のせいで自然環境に苦しめられているのに」とみんな言うのだけれど、そんなことはなく、熊も鹿も猪も増え過ぎて困っている状態なのです。

飯田)なるほど。環境が豊かになったから。

佐々木)「環境はいまがいちばん美しい、素晴らしい」という事実をもう少し認識するべきですね。

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