日本企業の「人権リスク」への対応が急務である理由

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(2月10日放送)に多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授・事務局長の井形彬が出演。自社や取引先などの人権侵害リスクを把握し、予防策を取る「人権デューデリジェンス」について解説した。

綿花の収穫=中国=2013年10月26日 Imaginechina/時事通信フォト 写真提供:時事通信

経産省が企業取引先に専門家を派遣 〜人権リスクの調査へ

経済産業省は今後、国際労働機関(ILO)に依頼し、日本企業の海外取引先の人権リスクを調べ、改善を促す専門家を派遣する方針だ。自社や取引先などの人権侵害リスクを把握し、予防策を取る「人権デューデリジェンス」について、アメリカ、ヨーロッパを中心に重視する傾向にあり、対応の遅れる日本もこれに続く考えである。

飯田)日本経済新聞が報じていますが、

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『人権リスク、海外取引先を調査 経産省がILO専門家派遣』

〜『日本経済新聞』2022年2月8日配信記事 より

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飯田)……という記事では、バングラデシュやベトナム、カンボジアの生産現場に専門家を送る予定だということです。

井形)私もこの記事を読んで素晴らしい取り組みだと思いましたが、もっと詳細が知りたいとも思いました。

飯田)詳細を。

井形)最近、いくつかの企業に「人権デューデリジェンスをやっていますか」と聞いたところ、「やっていない」という回答が多くありました。その理由として、「何をすればいいかわからない」という話が多くあったのです。

飯田)何をすればいいかわからない。

井形)そうなると、まさに国際労働機関(ILO)の専門家が行って、「こういうリスクがあります」、「児童労働が行われている可能性があります」、「強制労働が行われている可能性があります」と調べていただけるのであれば、素晴らしいではないですか。

「人権リスクを調べて欲しい」というニーズはある

井形)先ほどの日経の記事には、具体的に、どの産業のどの企業に査察に行くのかが書かれていません。アパレル関係や電子部品とは書いてあったのですが。

飯田)どの企業を調べるのか。

井形)うちの業界でもやって欲しい、うちの企業の取引先でもやって欲しい、あるいはベトナム、バングラデシュ、カンボジア以外のところでもやって欲しいというニーズは必ずあると思います。

強制労働が行われていない第一輸入先の工場が新疆綿を買っている場合もある 〜人権デューデリジェンスの難しさ

飯田)人権状況について、いろいろなシンクタンクなども調査をしています。オーストラリアのシンクタンクがウイグルの人権状況に関連して、人権侵害の恐れがあるところから材料を仕入れ、生産活動をしている企業を名指しで挙げていましたが、そのなかに日本企業も含まれていました。

井形)最近では、イギリスのシェフィールド・ハラム大学というところが、綿製品のサプライチェーンをすべて丸裸にするような報告書を出していて、それを見ると日本企業だけではなく、世界中の企業が報告されています。そこに書いてあるアパレル企業が輸入している第一輸入先を見ると、バングラデシュやベトナム、カンボジアの工場が明記されています。

飯田)なるほど。

井形)そこでは強制労働が行われていなくても、その工場がさらに輸入している先を見ると、実は新疆綿を買っているという場合もあります。そうなると、せっかく経産省がILOにお願いをして、バングラデシュ、ベトナム、カンボジアの現地工場を見てもらい、「ここでは人権リスクはありません」と結論づけても、その工場が買っている綿が新疆綿であれば、「やはり強制労働が行われているではないか」という話になってしまう。これが人権デューデリジェンスの難しさだと思います。

欧米では政府が情報を収集して、ビジネスアドバイザリーのような形で無料提供している

飯田)川上まで遡って見なければいけないということですね。最終製品をつくっているメーカーからすると、災害が起こったときにサプライチェーンが止まり、「こんなところから仕入れていたのか」と改めて気付くというようなニュースをよく見ます。同じようなことが起こる可能性があるわけですか?

井形)どの企業も、自社製品のサプライチェーンをまず把握するということに、できるだけ早く着手する必要があると思います。

飯田)裾野の広い産業であればあるほど、難しい側面もありますか?

井形)民間企業だけで解決できる問題ではないと思います。欧米では政府が情報を収集して、ビジネスアドバイザリーのような形で無料提供しています。日本としても、人権リスクに関する情報を主体的に取りに行き、「これは危ないですよ、こういうリスクがありますよ」という場合は、それを提供する。さらには、他国の政府とも連携しながら情報交換をして、企業に情報提供するようなシステムが必要とされているのです。

中国西部・新疆ウイグル自治区カシュガル地区で、巨大なスクリーンに映し出された中国の習近平国家主席(中国・カシュガル) AFP=時事 写真提供:時事通信

日本企業や日本の国益を反映したルールをつくるべき 〜国際基準に持って行く

飯田)この流れが続けば、そのうちグローバルスタンダード化して行くと思うのですが、逆にこのルールメイキングに日本も絡んで行かないと、思わぬところで弾かれる可能性がありますか? 90年代から日本企業が苦しんで来たスマホやゲームのスタンダード、ネット環境などと同じことが起こりかねないわけですか?

井形)同じことだと思います。ですので、早いうちに日本は日本で、まず日本企業や日本の国益を反映したルールをつくっておき、海外に対しては、「我々のルールはあなたたちのルールと少し違うところはあるけれども、ほぼ同じものなので認め合いましょう」と言う。さらに言えば、日本が先行してルールをつくり、「これが国際標準だ」というところまで持って行くことです。それでようやくアメリカやイギリスのように、世界のルールをつくるのが上手な国の仲間入りができるのだと思います。

日本がアジアでの標準を取るには

飯田)世界経済をこれから先、20年〜30年引っ張って行くのはアジアだと、みんな思っているわけですよね。ここの地域標準を取れたとしたら、かなり有利になります。

井形)気を付けなければいけないのが、その標準を取るのが日本なのか、それとも別の地域大国である中国なのかというところだと思います。

飯田)その部分で言うと、「価値観を同じくしているのは日本だ」ということで、「そこで側面支援を頼むよ、アメリカさんヨーロッパさん」という巻き込み方はした方がいいわけですよね?

井形)間違いないです。

クリーンなブランドイメージをアピールできる

飯田)逆の意味で考えると、こういうことがあった際、すぐに企業も「規制だ」や「コストだ」となりますが、チャンスでもあると考えた方がいいですか?

井形)間違いなくそうだと思います。まだ欧米でも、グローバルなサプライチェーンを持っている企業で、困っているところはたくさんあるのです。意識としては、間違いなく欧米の方が日本より相対的に高いと思います。しかし、「まだ間に合う」と言うと変ですが、その余地は残っていると思います。

飯田)まだ間に合う。

井形)早めに対処すれば、「我々のつくっているものは、人権侵害が行われていないサプライチェーンでつくったものだから、いい製品なのです」という形で、ブランドイメージをアピールすることができると思います。

ある程度は法制化しなければ難しい

飯田)日本企業はバーゼル規制(BIS規制)など、いろいろなところで煮え湯を飲まされて来たわけですよね。

井形)まさにそうですね。

飯田)逆にこの経験が活きて来ますか?

井形)それを活かさなければいけない時期に来ていると考えるべきですね。

飯田)やはり民間だけに任せておいて、ということではない。

井形)民間に「任意でやってください」とお願いするようなガイドラインでは、対策は進まないと思います。短期的に見るとコストになるので、ある程度は法制化しなければ、足並みを揃えることは難しいと思います。

飯田)法制化して。

井形)みんなが短期的なコストを同時に強いられることによって、中長期的な利益を取って行く。それは、まさに政府の仕事ですよね。

既に法制化している国も

飯田)欧米では、公の機関は絡んでいるのですか?

井形)先ほども少し触れたように、まず情報提供を積極的にしていますし、実際にサプライチェーン上で強制労働や児童労働が行われていないかという調査の法制化は、各国で進んでいます。既に法制化しているところも少なくありません。

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