ラジオ報道を考える 〜TBSラジオ記者を迎えて

「報道部畑中デスクの独り言」(第288回)

ニッポン放送報道部畑中デスクのニュースコラム。今回は、ラジオ報道・ラジオ記者の役割について—

ニッポン放送「報道部畑中デスクの独り言」

早いもので2022年ももう3ヵ月、4分の1が過ぎようとしています。新型コロナウイルス感染症、ウクライナ危機という世界に影響を与える出来事が相次ぐなか、ニッポン放送をはじめとするラジオ局も日々、そうしたニュースを追いかけています。

今回の小欄はやや趣向を変えまして「ラジオ報道を考える」、普段から取材現場をともにしている記者へのインタビューのもようをお送りします。普段はライバルの局同士が相まみえるという、珍しい機会となりました。

インタビューの相手はTBSラジオの澤田大樹記者、2009年入社の38歳。TBSテレビに一時出向の経験があります。ニュース番組のディレクターなどを経て、2018年から国会担当記者に。大学時代はクイズサークルに所属していたという博識な一面を持ちます。

今回、澤田記者は『ラジオ報道の現場から〜声を上げる、声を届ける』という本を上梓しました。

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(畑中)本を出すきっかけとなったことは?

(澤田)もともとは去年(2021年)2月にあった東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の、森会長の「女性蔑視発言」に端を発する記者会見の取材がきっかけになって、多くの方に「ラジオ記者がいるよ」ということも含めて知ってもらえました。『アシタノカレッジ』という番組で一緒にやっているライターの武田砂鉄さんと、「本にしてみてはどうですか?」という話があって、書くに至ったということですね。

(畑中)(あの会見が)辞任のトリガーになった?

(澤田)……と言われていますが、あれだけの発言を、特に国際社会が結果的には許さなかったと思うんですね。会見があろうとなかろうと、早晩お辞めにならざるを得なかったのではないかと感じています。

(畑中)森さんといえば……「前科」というとあれですけれど……。

(澤田)あの発言よりひどい失言を3つ〜4つやっているんですけれど、いままでは「森節」というか、森さんだから仕方がないという形で、ある種スルーされて来た、マスコミもスルーして来たということはあったと思います。しかし、時代が進んで行くなかで、いまの時代に許されるものではないという形で結論づいたのが、一連の騒動だったのではないかと思っています。

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TBSラジオ・澤田大樹記者

森喜朗・前東京オリンピック・パラリンピック組織委員長の、いわゆる「女性蔑視発言」は記憶に新しいところですが、簡単に振り返っておきましょう。

2021年2月にJOC(日本オリンピック委員会)の臨時評議員会で、森氏は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」「誰か1人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね」と発言しました。後日、これに対する「ぶら下がり」と称する取材機会がありましたが、そのなかで「組織委員会の会長であるのは適任なのか」と質問したのが澤田記者でした。

森氏は「あなたはどう思いますか?」と逆質問し、澤田記者は「私は適任ではないと思う」と明言。これが大きな反響を呼びました。森氏からは「面白おかしくしたいから聞いているんだろう?」という発言も飛び出し、「逆切れ会見」と呼ばれました。その後、森氏は組織委員長辞任へと至るわけです。

このあと、澤田記者とは「ラジオ報道」について話が進んで行きます。

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(畑中)(あの会見は)ラジオ報道の真骨頂と言えるような……。

(澤田)やっぱりラジオ記者は、テレビや新聞の記者のように数がいないということもあって、同じようなスタイルをなかなかとれません。例えば政治の取材で言うと、オフレコのコメントをとりながら、相手に肉薄しつつコメントをとって、裏を取材して、それをニュースにして行く。新聞やテレビ、通信社はそれをやっているけれど、なかなか人数的な制約というか、ラジオはそういう取材ができないなかで、会見という場はラジオ記者の本領が発揮できる場であると。そういう意味では、ラジオ記者らしい取材だったのかなとも思えます。

(畑中)記者会見は1つの戦いの場でもあるし、そこでどういう質問をするか、知恵を絞るところですね。

(澤田)去年のことに関しては、結果「炎上会見」とか、「記者が失礼だ」というようなことを言われたりもしましたが、基本的には本質を問うような質問をどれだけぶつけられるかというところが、ラジオ記者の持ち味かなと思います。

(畑中)質問するときに心がけていることは?

(澤田)基本的に、我々がニュースを届ける相手はリスナーですので、リスナーに対して嘘をつくような、信義にもとることはしないように心がけながら質問を考えています。

(畑中)イメージトレーニングはしますか?

(澤田)去年(森氏の会見)に関しては、『荻上チキ・Session』という夕方の番組を担当している評論家の荻上チキさんと一緒に質問を考えて、森さんには(質問を)ぶつけました。ある種、準備をして行くようにしています。特に大きな会見においては、準備がどれだけできるか……いくつも質問を重ねて行く、ストックをしておいて、「これに答えなかったらこっちの質問」という感じで準備しておくのは、すごく大事だなと思っています。

(畑中)どれだけ(回答を)引き出せるか……「ああ来たらこう来る」というような駆け引きみたいなものがあって、そのなかでどういう質問を繰り出して行ったらいいかを考え抜く。特にラジオ記者は絵がないから、そういうところが重要視されますね。

(澤田)ある種、全メディアが知りたいようなコメントは代表社だったり、かなり早い段階で新聞やテレビの記者が聞いてくれるんですよね。そこからこぼれ落ちた質問だったり、そういうメディアが聞かない質問をぶつけられるかどうかが勝負だったりするので。逆に言うと、質問を用意していても、前の記者が聞いたことに答えていなかったりするところは、追加でこちらが角度を変えながら質問して行くようなことも重要なのかなと思います。そこは本当に、記者と取材相手との駆け引きですよね。

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東京五輪・パラリンピック組織委の森喜朗会長が辞意を固めたことを伝える大型モニター=2021年2月11日午後、東京・秋葉原 写真提供:共同通信社

昨年秋、私は自民党総裁選への不出馬を決断した菅義偉総理大臣(当時)に、「総理就任直後に解散という選択肢もあったのでは?」という趣旨の質問をしたことがあります。

菅総理はそれに対し、「私には派閥がないので」と答えました。その表情には寂しさと無念さがにじんでいましたが……心に訴えるコメントについても話が及びました。

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(畑中)ラジオは絵がないメディアなので、心に訴えるようなコメントが引き出せればいいなと思いながら、いつも私はやっていますが……。

(澤田)メディアの特性かも知れませんが、字で見ると、そこに感情はのらない。映像で出るような会見もあったりします。横でささやくような動きが見えたりとか、うつむいたりするところもあったりする。一方でラジオの特性上、絵はないけれど、ただ、声に気持ちがのるというか、「嘘をついているんだろうな」というときは、聞いているとすぐわかります。あるいは「本当に考えて答えを絞り出しているんだろうな」ということも、音では伝わって来ることがありますね。文字に起こしたら何でもないのだけれど、そこの間の数秒間が、実はリスナーに伝わるということがあって、そういうところを引き出すのもラジオ記者の仕事かなと思います。あとは絵がない分、逆に記者に問われている部分もあって、ラジオ記者はどこを見るかということを、ものすごくテレビ以上に問われているような気がしています。声の震えが出て来ているのであれば、元の紙を持つ手が震えているのか、汗をものすごくかいているのか、あるいは、すごく堂々としていたのか。その辺りの描写も含めて、それを補う、もしくはよりその音を強化するような、カメラ的な視点が求められるというか、ラジオ記者が「眼」になるようなところもあると思います。

(畑中)ラジオはラジオのやり方がある……いまの報道機関の現状をどう考えますか?

(澤田)ラジオは本当に人が少ない。ただ、新聞もテレビも数としては減って来ていて、同じような取材ができなくなっているなとも思っています。ラジオ記者とテレビなどとの差も、少し縮まって来ているのかも知れない。メディアの記者が小さくなって行くと、今度は取材しきれなくなってしまう。そこをメディア間で、協力ではないけれど、相互作用というか……記者1人と取材対象ではなく、記者全体と取材対象という関係性での会見になったりすることが、多分、今後は増えて行くような気がしています。実際に取材していると、総理官邸でのぶら下がり取材で、菅元総理のときでしたが、菅さんはあまりぶら下がり対応をしたくない方だったようで、広報官がバンバン(質問を)止めて来るんですね。そこを何とか質問をつないで、答えを引き出したいという記者が何人かいて。ラジオというある種、官邸クラブでは“外様”な記者に対し、ある記者から「澤田さんは何を聞くんですか?」という話があって。「何とか矢継ぎ早に質問をして行こうと思っているんです。何人かで連携していて、一緒にがんばりましょう」という話をしてくれて。そういう問題意識は、記者間個人のなかにはすごくあるので、協定を結ぶまでは行かなくていいと思うのですが、「暗黙のなかでも連携できて行くといいな。今後はそうならざるを得ないのかな」とも思うんですよね。

(畑中)もともと記者クラブというのは、大きな権力に対して、束になって戦って行こう、という経緯でできたというように聞いています。そういう意味では、初心にかえるというか、そういう時代になって来ている……。

(澤田)記者が権力だったり、政治も含めてだと思うけれど、ウォッチし続けるということに関しては、マンパワーがある程度必要になって来る……そうなると、1社だけで抜け駆け的にやることの限界もあります。ある程度のウォッチ機能を維持するためには、そうやって行くしかない。それが原点と言うのであれば、そうなのかも知れないですね。

(畑中)逆に、他のメディアは人がどんどん減って行くなかで、少ないマンパワーで取材するという意味では、我々(ラジオ)の方が先輩というか、強いんじゃない?

(澤田)ラジオというメディアの特性だと思うんですが、記者というのは個人で認知される……つまり「畑中記者」と言えば、一発でニッポン放送のリスナーからすると認知できる。TBSラジオであれば、澤田だったら澤田だとわかると、その人が追っていたもの、継続性も含めて受け手からは認知されているわけですよね。新聞やテレビだとなかなかそうはいかなくて、名物記者という人は当然何人もいますが、全員がそうなっているわけではない。ただ、今後そうなって行くと、メディアのファンになってもらわなくてはいけない。メディアを応援するという感じにならないと、メディアとして立ち行かなくなるんだろうなと感じています。そういう意味では、ラジオはもうそれができているメディアであり、受け手の皆さんがある種、我々を応援してくれているところもある。そういう関係性ができているメディアなので、他のメディアよりある意味、強いかも知れないと思うことはありますね。

(畑中)本では「絶滅危惧種」なんて書いてありましたが、まだまだどっこいという感じではないですか?

(澤田)まあ、何とか生きて行こうという感じでしょうかね……ですよね?(笑)

(畑中)これ、まとめにしていいんでしょうか?(笑)

(澤田)いいんじゃないですか? 「どっこい生きて行く」で。

(畑中)まだまだ、ラジオ報道は捨てたもんじゃない。

(澤田)やり続けて行くということが大事だと思います。

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2021年7月30日、会見する菅総理〜出典:首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/actions/202107/30kaiken.html)

澤田記者は国会担当ではありますが、新型コロナ、東日本大震災、高校演劇の分野も取材範囲だということです。私も科学技術、防災、経済、政治と幅広い範囲が担当ですが、そうしたことで培われる複眼的な見方も、ラジオ記者の特徴かと思います。

ラジオ報道、そして絶滅危惧種と言われるラジオ記者ですが、普段どのような思いでニュースに向き合っているのか、その一面をご理解いただけますと幸いです。

インタビューのもようは、Podcast「ニッポン放送・報道記者レポート2022」のなかでも配信しています。そちらもどうぞお聴きください。(了)

畑中秀哉(はたなか・ひでや)

■ニッポン放送 報道記者・ニュースデスク。
■1967年、岐阜県生まれ。早稲田大学卒業後、1990年にアナウンサーとしてニッポン放送に入社。
■1996年、報道部に異動。警視庁担当、都庁担当、番組ディレクターなどを経て、現在は主に科学技術、自動車、防災、経済・政治の分野を取材・解説。
■Podcast「ニッポン放送報道記者レポート2022」キャスター。
■気象予報士、防災士、くるまマイスター検定1級。

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