自民・河野太郎氏が提言 外務大臣が自由に動ける仕組みをつくるべき「これだけの理由」

自由民主党・広報本部長の河野太郎衆議院議員が4月21日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ロシアによるウクライナ侵攻で改めて重要となった外交・安全保障戦略。これからの日本に必要な外交の仕組み、対面外交の重要性について語った。

取材に応じる自民党・河野太郎広報本部長=2021年10月31日午後、東京・永田町の自民党本部 写真提供:産経新聞社

外務大臣がもっとフリーに動けるような仕組みをつくるべき ~ポーランドから一時帰国しなければならなかった林外務大臣

飯田)河野さんは過去にはワクチン担当大臣、防衛大臣、外務大臣もされていたというキャリアのなかで、いま外交が注目されています。4月上旬に林外務大臣が、新型コロナに感染した法務大臣の代わりにポーランドへ行きました。スケジュールを見ると、ポーランドから一旦日本に帰って、またすぐにNATO外相会合に行くことになりました。河野さんは「ここを一直線につなげられないのか」という問題提起をされていましたが、その意味について、改めてお聞きしてもよろしいでしょうか?

河野)私も外務大臣をやっていた当時は、国会日程に本当に振り回されていました。例えば、中国の外務大臣は全人代の年に1週間出ればよくて、あとは自由に飛び回れるのです。しかし、日本の外務大臣は、国会日程の合間を縫って海外に行かなければいけません。

飯田)国会の合間に。

河野)今回の林大臣の日程は、ポーランドに行って、1日だけ外務委員会をやるために帰国し、そしてまたNATOの会合に行く、というものです。

飯田)そうでした。

河野)国会での審議は旅券法についてでしたので、おそらくあまり反対もない。そのようなときのために副大臣を認証官にして、天皇陛下から辞令をもらえるようにし、「国会答弁は副大臣でもいい」というルールになっているはずなのです。

飯田)そうですね。

河野)本来なら、林大臣はポーランドからブリュッセルに直行して、NATOの会合に来るような各国の外務大臣やNATO事務総長、ボレルEU上級代表などとも時間を取って、じっくり話ができたのです。その方が、遥かに国益に資すると思います。

飯田)国益に資する。

河野)野党も「いいよ」と言ってくれていたのが、なぜか「避難民を乗せているから戻らないといけない」ということでした。アフガニスタンに自衛隊が飛行機を出したときは、向こうの人たちだけを連れてくるということでよかったわけです。ウクライナから避難する人が乗っているので、外務大臣も乗っていなければいけないということは、まったくないのです。

飯田)外務大臣が同乗することは。

河野)ポーランドに残って、ウクライナから出ている難民の方の状況をよく見ることもできる。また、難民を受け入れているのはポーランドだけではありません。ハンガリーやモルドバなど、いろいろな地域でも受け入れていて、そこからさらに第三国へ移転している難民もいます。外務大臣がもっとフリーに動けるような仕組みをつくるのは、とても大事なことだと思います。

飯田浩司アナウンサー、自民党・河野太郎衆議院議員

対面外交における「休憩時間での会話」が重要 ~休憩時間の会話が役立ったミャンマーをめぐるボリス・ジョンソン氏とのやりとり

飯田)仮に先乗りのような形でブリュッセルに行き、いろいろな人たちと会う場合において、対面で会うということは、リモートでの参加とは違いますか?

河野)違いますね。休憩時間などにコーヒーを飲みながら、「あの件はどうだ?」とか、「これについてどう思う?」というような話をよくしますが、それが大事なのです。

飯田)休憩時間などに。

河野)以前、当時のアメリカ国務長官だったティラーソンさんが、北朝鮮問題の議論をするということで、バンクーバーに何ヵ国かの外務大臣を集めたことがありました。そのときの昼食の時間に、当時イギリスの外務大臣だったボリス・ジョンソンさんが私のところに来ました。

飯田)ジョンソンさんが。

河野)その直前に、私はミャンマーのラカイン州に行き、村が焼き討ちされて難民が出ている状況を生で見ていたのですが、その話をジョンソンさんはどこかで聞きつけたようでした。私に「ミャンマーに行ってきたそうだけれど、どうだったのか」ということを聞いてきました。

飯田)ミャンマーでの状況を。

河野)そのときに、携帯で撮ったミャンマーの動画を観せたのですが、彼は食い入るように観ながら大声でいろいろと質問するものですから、みんなも集まってきて、一時、北朝鮮ではなくミャンマーの話になってしまいました。

飯田)みんなが集まってきて。

河野)その件があったあとのG7外相会合ではヨーロッパ・アメリカと日本がミャンマーをめぐって少し意見が違うことがあり、「事務方では調整がつかないので、外務大臣同士でやってください」ということになったのです。ヨーロッパ・アメリカを代表してボリス・ジョンソンさん、こちら側は私で、意見の違いをどのようにまとめるかということを2人でやりました。

飯田)ジョンソンさんと2人で。

河野)ジョンソンさんとは、バンクーバーでのことや、そのあとの電話会談などでもミャンマーの話をしていたので、「ここは太郎の言い分を認めよう。その代わりお尻を切れ」ということで、「G7首脳会合までに日本のやり方で効果が出なかったら、そこは変えよう」という話をしました。

飯田)そうだったのですね。

河野)もともとはバンクーバーでの昼食の前に、みんなで雑談しているところから話が始まったのです。お互いミャンマーに行って状況も見ているし、「よくわかっているよね」というところから、ジョンソンさんとの話もスタートできたのです。そのような経験がたくさんあるので、オンラインで何かをやることも大事ですが、隙間時間の大事さというのは大きいと思います。

外相専用機が必要な理由

飯田)先ほど中国の話も出ましたが、王毅外相(国務委員兼外相)だけではなく、その上に楊潔篪さんもいて、外交をやる人が複数います。そこと河野さんが相対していた時期は、相当大変でしたか?

河野)向こうは極端に言えば習近平さんがいて、李克強さんや楊潔篪さんもいて、最後に王毅さんというような4人構えでした。こちらは安倍元総理もいろいろ言ってくれてはいましたが、総理も国会に縛られてしまう部分もありますし、王毅さんは私が「王毅さんに追いつき追い越すのだ」と言っていたことを存じていたので、いろいろな場面で私のところに来ては、「河野さん、何ヵ国になりましたか?」と言ってきました。背中はどんどん遠くなっていくのに、ということはありました。

飯田)そのような現場の感覚から、「外相専用機も必要だ」という発想が出てきたのですか?

河野)そうです。国会の隙間で行くので、もっと自由に動けるようにしたいと思っていました。フランクフルトやドバイ、バンコクなどで飛行機の乗り継ぎ時間に何時間もかかるようなことがありますが、「専用機があれば、この時間を使って会談が1つできているのに」と思うこともありましたね。

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