プーチン大統領が戦勝記念日の演説で「戦争宣言」しなかった理由

二松学舎大学国際政治経済学部・准教授の合六強が5月10日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ロシアのプーチン大統領が戦勝記念日の式典で行った演説について解説した。

対ドイツ戦勝記念日の式典に出席したロシアのプーチン大統領(中央)=2022年5月9日、モスクワ(タス=共同) 写真提供:共同通信社

プーチン大統領が戦勝記念日で演説

ロシアのプーチン大統領は5月9日、第二次世界大戦での対ドイツ戦勝記念日の式典で演説を行い、ナチス・ドイツとの戦いとウクライナでの軍事作戦はともに「民族保護」と「祖国防衛」が目的だと主張し、ウクライナへの侵攻を正当化した。また、欧米諸国から観測が出ていた戦争宣言はなかった。

飯田)「ナチスとの戦いと一直線に」というようなことを言ったわけです。かつて「ドイツが強大になることは、ヨーロッパの不安定要因になる」と言われていました。実際に、普仏・普墺戦争や第一次世界大戦、第二次世界大戦などの要因になったというところから、「ドイツ脅威論」がヨーロッパにはありました。「ドイツが軍備を少し増やすようなことがあると、周りから批判が起きる」ということが、まことしやかに言われていました。実際にはどうなのですか?

合六)かつては「ヨーロッパの中心にあるドイツが強くなりすぎると、万が一ドイツが暴走した場合は戦争につながる」ということで、いわゆるドイツ問題が指摘され、各国はそれに備えてきました。ただ、冷戦終結後はむしろ「ドイツが経済大国になっているにもかかわらず、安全保障面で大きな役割を果たしていない」、あるいは「政治面で大きなリーダーシップを取れていない」など、ドイツの政治・安全保障面での不在に対する批判が出て、これを「新しいドイツ問題」と言ったりします。

飯田)新しいドイツ問題。

合六)かつてドイツの犠牲になったポーランドも、ウクライナへの侵攻が始まる前から「ドイツよ、しっかりせよ」という主張をしています。今回、ドイツが国防費を増やすことは、基本的には周りの国からも歓迎されています。それはドイツがEUの中心国であり、NATOの主要メンバーであり、集団の同盟メンバーであるということで、ドイツの貢献が欧米全体の安全につながることから歓迎しているのだと思います。

「ドイツは出てこない」と想定していたプーチン大統領の誤算

飯田)そう考えると、プーチン大統領が「ドイツは出てこないだろう」と、「新しいドイツ問題」につけこむような形で引き金を引いたということもあるのでしょうか?

合六)安全保障面でどうかということはあるかも知れませんが、ドイツは長らく経済・エネルギー面でロシアと深い関係にありましたので、「ロシアへの経済制裁についても、足並みが乱れるだろう」とプーチン大統領は考えていたかも知れません。しかし、実際には想像以上に米欧やG7が一致団結して、経済制裁を掛けています。安全保障面においても、想定以上の武器供与がドイツから行われています。プーチン大統領にとっては皮肉な結果になっているのだろうと思います。

ウクライナへの侵攻の正当化とアメリカ・NATOへの批判を改めて述べる

飯田)今回の演説は11分でした。演説ではその辺りの誤算もにじみ出ていたのですか?

合六)誤算がにじみ出ている感じはしませんでした。今回の演説は、あまり新味がなく、これまでプーチン大統領が言ってきたことを改めて強調するような形だったと思います。1つはウクライナへの侵攻を正当化するということ。同時にNATO、とりわけアメリカの対応に対する批判です。それは冷戦終結後の30年間に対する批判でもあります。ここを改めて強調することで、国内の引き締めを重要視したのではないかと思います。

「NATO対ロシア」という構図を国内向けに引き出す

飯田)歴史に対する言及やNATOの東方拡大というところに時間が割かれていたという感じですか?

合六)東方拡大そのものに関しては触れていなかったと思います。ただ「アメリカが他国を従わせようとしていて、多くの国が従っているが、ロシアは違うのだ」とアメリカ批判をしています。また、ウクライナに対してよりも、ウクライナという言葉は使っていないのですが、「その背景にあるアメリカ・NATOが(ウクライナの)ナチズム政権を利用して、我々に脅威をもたらしている」という言い方をしています。直接的には言及していませんが、「NATO対ロシア」という構図を描き出そうとしているのでしょう。これは国内向けなのだろうと思います。

2022年4月25日、モスクワでの会議に出席するロシアのプーチン大統領(タス=共同) 写真提供:共同通信社

戦争宣言をしなかった理由

飯田)ウクライナが相手というよりも、背後にいる国や組織への批判、アメリカや西欧諸国という部分が大きかった。以前、ラブロフ外相が「代理戦争なのだ」という話もしていました。その辺りの話が多かったということですか?

合六)いろいろなことを盛り込めたでしょうが、戦勝記念日のスピーチは比較的短いのが恒例です。当初の予定では大きな戦果を挙げて、勝利宣言をするのではないかと思われていましたが、それができる状況にはありません。戦争宣言もしませんでした。戦争宣言をしなかったのは、リスクが非常に高いからです。これまで「特別軍事作戦」と言ってきたにもかかわらず、ここで「戦争」と言ってしまうと、特別軍事作戦がうまくいっていないのではないかと国民にとらえられる可能性があります。戒厳令を出して総動員しても、国民がついてくるのかどうかわからないということもあります。

飯田)国民に総動員をかけても。

合六)何を選ぶかというときに、NATO批判やアメリカ批判を展開することで、いまの軍事作戦のための協力をあおごうとしているのではないでしょうか。

今回の演説は国民に向けてのメッセージ

合六)ロシア国民の世論調査を見ると、ウクライナ情勢に対する不安感は、やはり高まっているようです。ただ、多くの方は「原因はNATOにある」と考えているというデータが出ています。

飯田)NATOが原因であると。

合六)プーチン大統領は、「ドンバスやウクライナで起きていることは、アメリカやNATOが引き起こしているのだ」と強調することで、国民が思っている感情を強くしています。そのようなところからも、今回の演説は、当初からその要素はあったでしょうが、国民に向けてのメッセージなのだろうと思います。

飯田)対外的というよりも、国民に向けて。

合六)対外的と言っても、我々から見たら、2月24日以降は戦争状態です。それは誰の目から見ても明らかなことです。国内に対してどのように説得するのか、どのように正当化するのかというのは、プーチン大統領も気にしているからこそ、このような演説になったのだろうと思います。

なぜ「終末の日の飛行機」を飛ばさなかったのか 〜悪天候は本当か

飯田)規模が縮小されたという話があります。航空機を飛ばすことも中止になりました。映像を観ながら、「曇天とは言いながらも、明るい」と思いました。国内的にはそれほど影響しなかったということですか?

合六)パレードの規模が小さくなったのは、戦力が前線に行っていることが影響しているのだと思います。登場すると言われていた「終末の日の飛行機」と呼ばれる「イリューシン80」……核戦争が起きた際、空から指揮命令ができる飛行機は飛びませんでした。本当に天候が悪かったから飛ばさなかったのかどうかは、よくわかりません。「核」という印象をトーンダウンしようとしたのかも知れませんが、今後のプーチン大統領の発言やロシアの行動を見ないとわからないところです。

NATOやアメリカがプーチン大統領に核のボタンを押させないために、どのような形で抑止力を回復できるか

飯田)ウクライナでは戦闘が続いています。それを緩めることはない。むしろ化学兵器などを記念日に向けて使うのではないかと言われていましたが、いまのところそのような情報はないですよね。

合六)核のボタンを押すのはプーチン大統領次第なので、懸念すべきであり、その可能性を排除してはならないと思います。現状では、東部での戦闘が続いています。これが長期化して膠着状態になったときに、その状況を見てプーチン大統領がどう判断するのか。また、NATOやアメリカがプーチン大統領に核のボタンを押させないよう、どのような形で抑止力を回復できるのかということが、重要になってくるのではないでしょうか。

飯田)いまはウクライナに対して武器供与を中心に支援していますが、国際的な枠組みでの支援も視野に入ってきますか?

合六)アメリカはさらに軍事供与を強めると言っています。4月にはドイツにある米軍基地で、約40ヵ国が集まる形で国際的な武器供与をめぐる会議が開かれました。これは定例化されるということですので、適宜、ウクライナ側が戦況のなかで必要な武器をスムーズに調整できるようにするという意思があるのだと思います。

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