「中絶問題」を中間選挙の争点にして“不利な流れ”を変えたい「米民主党」

明海大学教授で日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲男が6月29日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。米民主党が中間選挙の起爆剤としたい中絶問題について解説した。

3日、米ホワイトハウスで演説するバイデン大統領(ロイター=共同)=2021年8月3日 写真提供:共同通信社

アメリカ民主党、中絶めぐる最高裁判所の判断を中間選挙の争点に

アメリカ民主党は11月8日の中間選挙で、上下両院の過半数議席を失いかねない情勢となっているが、党幹部は米連邦最高裁が人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を示したことについて、選挙に向けた争点としたい考えだ。

飯田)人工妊娠中絶に対し、共和党など保守派は反対。民主党などは賛成という形です。なかなか日本人には理解するのが難しい価値観ですけれども、どうしてここが対立軸になるのですか?

小谷)アメリカでは1970年代まで、中絶は殺人と同じ扱いだというのが一般的な考え方でした。しかし、1970年代に入り、女性の権利が謳われるようになるなかで、中絶も女性の権利として認められ、「ロー対ウェイド判決」が出ました。連邦として、女性の権利として認めるという流れになったのです。この判決が出たあと、まさに党派の対立に「妊娠中絶の問題」が浮上したという流れがあり、いまに至っています。

宗教的な考えに基づく「人工妊娠中絶イコール殺人」 〜レーガン元大統領が中絶の権利を認めさせないために最高裁の判事を選ぶ

飯田)「人工妊娠中絶イコール殺人」という部分の主張は、キリスト教的な哲学に基づくものと考えればいいですか?

小谷)基本的には、宗教的な考えに基づいて中絶イコール殺人という見方が強かったのです。

飯田)神の思し召しである命を途中で断つというのは、倫理的に許されないという主張であると。

小谷)それが「女性の権利」という文脈のなかで変わってきたのが、1970年代です。そこから党派の対立になり、1980年代になると、当時のレーガン大統領が「中絶の権利を認めさせない。そのために自分は最高裁の判事を選ぶ」ということを言ったのですが、これがさらに党派対立に火をつけました。そのあと共和党、民主党と大統領が変わっていきましたが、最高裁判事を変えるタイミングで民主党は当然ながら容認派、共和党は反対派を選ぶということになる。直近では、トランプ政権のときに保守派の判事を指名しましたので、それが今回の判決を覆すという流れにつながりました。

最高裁判事は終身制 〜椅子は9つ

飯田)大統領の任期は、1期4年で選挙を経るという形です。議会の議員の方々もそうですが、最高裁判事にも任期があるのですか?

小谷)終身制ですので、亡くなるか、もう職務を全うできないと判断して自ら辞任される以外にありません。大統領が保守派、あるいはリベラル派を指名するのだと思っていても、判事が変わるタイミングが来なければできないということになります。

飯田)亡くなられたギンズバーグさんがギリギリまで仕事を続けたのは、「私が引退してしまったら次に誰が」ということを、いろいろ考えていたという話もあります。

小谷)命懸けで自らが信じる憲法上の価値観を守らなければならない。そういう重責を最高裁の判事は担っているということです。

飯田)若い人を指名すれば、下手をすると30年〜40年程度その職に居続けることになるのですか?

小谷)そうなりますね。

飯田)判事は何人いるのですか?

小谷)9名です。

2日、英グラスゴーで記者会見するバイデン米大統領(ロイター=共同)=2021年11月2日 写真提供:共同通信社

保守派を過半数にした功績をアピールするトランプ元大統領

飯田)椅子は9つしかなく、指名のタイミングはなかなか来ないし、9人の過半数を獲れば憲法判断が変わる。これが党派的になってしまうと、骨肉の争いになってしまいますね。

小谷)しかも、保守派を過半数に変えたのはトランプ元大統領です。トランプ元大統領としては2024年の再選も見据えて、今回の判決が覆ったことを自らの功績として、既にアピールし始めています。

最高裁の判断がリークされる

飯田)今回の判決について、ゴールデンウィーク中にリークが出ましたよね。

小谷)これは極めて異例なことです。最高裁の判断のドラフトがリークされてしまうというのは、それくらい、この判決が覆されることに危機感を持っている人たちがいたということだと思います。「リークされたことで、逆に覆すのが難しくなるのではないか」という見立ても一部にはありましたが、結局はそうならずに、基本的なドラフト通りに覆された形になりました。

飯田)誰がリークしたのかということは調査している最中ですか?

小谷)調査が進んでいますけれども、誰がやったかということよりは、覆ったという事実の方が重いですね。

連邦政府よりも州の権利、権限を重視する流れになる可能性も

飯田)連邦で判断せずに各州に任せるべきだという、ある意味、アメリカらしい主張も反対派のなかには混じっていたと聞きます。今後は、次々に判断が覆るという形になるのですか?

小谷)各州で似たような訴訟が起こっています。やはり、州で決めるべきだという意見が各地でありますので、今後は、今回の最高裁の判断を受けて、各州の権利が認められるということが続いていくと思います。それを重ねていくことで、「中絶の権利をまずは否定する。連邦政府よりも州の権利、権限をより重視する」という流れも、併せて広まっていく可能性があると思います。

有権者の関心が中絶問題に移行 〜そこを中間選挙の争点にして不利な流れを変えたい民主党

飯田)民主党はここを争点にして、どのような戦い方をするのですか?

小谷)インフレが進んでいるなかで、民主党は今度の中間選挙で不利だと言われていました。下院はもちろん、上院も危ないだろうと言われていましたけれども、中絶問題が浮上して、急激に有権者の関心が経済と並んで中絶に移ってきています。

飯田)中絶問題に。

小谷)民主党からすれば、中絶問題を取り上げて共和党を批判することで、不利だと言われていた今度の中間選挙の流れを変えられるかも知れない。そういう見立てが民主党のなかで、そしてバイデン政権のなかで広まっています。

飯田)流れを変えられると。

小谷)当然、中間選挙に向けて、共和党側も一気に「中絶の権利を連邦法で禁ずる」という流れにしていきたいでしょうし、さらには同性婚の問題やLGBTQの権利を守るという風潮も変えたいと思っています。そういう意味で、共和党と民主党のさらなる党派的な対立が、中間選挙に向けて拡大していくと思います。

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