ゼレンスキー大統領の発言が変化したのはなぜか 「2月23日のライン」から「クリミア半島奪還」に

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授の土屋大洋が8月25日、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。ロシアによる侵略から半年を迎えたウクライナ情勢について解説した。

【ウクライナ侵攻】記者会見するウクライナのゼレンスキー大統領=2022年4月23日午後、ウクライナ・キーウ 写真提供:産経新聞社

ゼレンスキー大統領、独立記念日に「停戦の用意はない」と明言

ウクライナはロシアによる侵略から半年の節目と重なる8月24日、独立記念日を迎えた。ゼレンスキー大統領は「停戦の用意はない」と明言し、ロシアが2014年に強制編入したクリミア半島も取り戻すと宣言した。

飯田)一時は全土に空襲警報が出されるなど、緊張した場面もあったということです。半年を迎えましたが、どうご覧になりますか?

土屋)これほど長く続くとは、当初は思えなかったですね。8年前のクリミア併合のときは、本当に短期間で終わりました。その手際があまりに鮮やかだったので、ハイブリッド戦ということを我々は考え、今回も同じような方法が行われるのではないかと思っていたわけです。

アメリカやNATO諸国が備えてきたロシアへの「アンチ・ハイブリッド戦」がうまく展開 ~核戦争にだけは進まないようにロシアもウクライナも持ち堪えている

土屋)おそらくロシアは同じことをやったのです。しかし、対抗するウクライナと、その後ろにいるアメリカやNATO諸国が8年間、備えていたということが大きいと思います。つまり、ハイブリッド戦に対抗するための「アンチ・ハイブリッド戦」を今回、うまく展開したということだと思います。

飯田)アンチ・ハイブリッド戦を。

土屋)それによって、決定的にひっくり返すまでには至っていないのですが、「そう簡単には獲られないぞ」ということが、半年で行われてきたことだと思います。

飯田)なるほど。

土屋)ただ、ロシアもそうですし、アメリカもウクライナもそうですが、核戦争にだけは進まないようにギリギリ持ち堪えているところだと思うのです。ウクライナ側からすると、例えばロシアのモスクワへの攻撃は行っていません。それをやってしまうと、全面戦争に展開してしまいます。落としどころが本当によくわからなくなってきましたね。

ロシアがクリミア半島を占拠する際、通信事業者に対して回線を抜かせ、物理的につながらないようにした ~高度な通信ジャックではなかった

飯田)ウクライナ側からすると、ロシアがクリミアを2014年に不法占拠した。あのときのハイブリッド戦は、携帯電話の通信網などを完全にジャックして偽の情報を流し、集まってきたウクライナ軍に集中砲火を浴びせるなどということがあった。通信ジャックなどをやろうとしたわけですね。

土屋)クリミア半島は小さいのです。そして、振り返って当時の報道を見ていたのですが、いわゆるサイバー攻撃で携帯を止めたという話ではありません。

飯田)違うのですか?

土屋)通信事業者の局舎のなかに銃を持ったロシア兵が入って、「手を上げろ。回線を引っこ抜け」と、物理的につながらないような状況にしていたのです。

現在、ロシアを経由しなければクリミア半島には情報が何も届かない ~ロシアとクリミア半島にケーブルを接続

土屋)クリミア半島はウクライナから通信的にはまったく切り離された状態になっています。ロシア兵が入ったのが2014年2月です。その2ヵ月後にロシアは、クリミア半島とロシアをつなぐ46キロくらいの短い海底ケーブルをつないだのです。

飯田)ロシアとクリミア半島を結ぶケーブルを。

土屋)ロシアを経由しないと、クリミア半島には何も届かない状況にされているのです。通信を物理的に、いかに遮断するかということをロシアは考えていたということです。いま、クリミア半島のなかでロシアの基地が爆破されるようなことが始まりましたが、ゼレンスキー大統領は「クリミア半島を取り戻す」ということを言っている。彼は手の内を明かしていませんが、いろいろなことが始まっているのではないでしょうか。

2016年の大統領選などでロシアによるサイバー活動で被害を受けたアメリカの報復 ~ウクライナを通じての代理戦争の側面も

土屋)ハイブリッドは「混ぜる」、あるいは「つなぐ」ということなのです。違う者同士で子どもをつくるというのが、本来のハイブリッドの意味です。つまり物理的な戦争と、そうではない心理戦やサイバー戦、認知戦を混ぜ合わせていくということです。

飯田)ハイブリッド戦というのは。

土屋)そのハイブリッド戦に対抗する手段をアメリカ側はずっと考えていた。なぜならば、2016年にアメリカの大統領選挙であれだけやられてしまったわけです。2018年の中間選挙でも介入されそうになった。2020年にも、ロシアだけではないのですが、イランやその他の国も介入したわけです。アメリカからすると「ロシアはもうやるしかない」ということなのでしょうね。

握手するウクライナのゼレンスキー大統領(中央)と国連のグテレス事務総長(右)、トルコのエルドアン大統領=2022年8月18日、ウクライナ西部リビウ(ロイター=共同) 写真提供:共同通信社

各国がウクライナを支援することで状況が変化

土屋)ある種、ウクライナを通じて代理戦争をやっている側面があるわけです。アメリカはマイクロソフトなど、いろいろな会社が後ろに立ってウクライナを支援しています。ウクライナだけであれば、間違いなくロシアの勝ちだったと思いますが、各国がウクライナを支援することで、状況がこれだけ変わってしまった。予想とは違ったということだと思います。

「2月23日のライン」からクリミア半島奪還まで広がったゼレンスキー大統領の発言

飯田)ゼレンスキー大統領の演説では「停戦の用意はない」ということと、クリミアも含めて奪還するという話が出てきました。ゼレンスキー大統領は当初、3月~4月くらいの停戦交渉では「2月23日時点のライン」に戻すと。要するに、ロシアがウクライナに対して侵略を始める前のラインが1つ念頭にあったようにも見えましたが、それがクリミア半島奪還となった。ウクライナ国内の世論も含めて考えると、引くことはできないという方向になるのですか?

土屋)あれは私も驚きました。2月23日のところまで戻すのなら可能かも知れないと思っていたのですが、クリミア半島まで取り返すということになると、時間が掛かるでしょうし、ロシア側の反発も強くなります。

飯田)そうですよね。

土屋)ロシアとしては、マイナスになってしまっては困ると思っているでしょうから、ロシア側の反発もかなり強くなるのではないかと思います。

飯田)ロシア側の反発も。

土屋)ただ、ウクライナ国内のゼレンスキー大統領の支持率を見ていると非常に高いですし、ウクライナの人たちもクリミアを取り戻すことがとても重要だと言っていますので、その辺りの世論の雰囲気の転換をゼレンスキー大統領は見ているのかなという感じがします。

クリミア半島をロシアに獲られたことで大きく変わったウクライナ

飯田)西側の支援として精密な誘導ミサイル、HIMARSと呼ばれるものが出てきていますけれども、この先はどういう支援が必要ですか?

土屋)どこまで軍事支援をしていいのかというのは難しいところだと思います。ドイツは最初、「ヘルメットしか送らない」と言って顰蹙を買ったわけです。しかし、ドイツも重火砲を提供したりして、意識を変えています。ドイツ側もガスをロシアから提供してもらえなくなるのですが、腹を括り始めているわけです。

飯田)そうですね。

土屋)北朝鮮の研究をしている人と話をしたときに、彼らからすると、かつてのウクライナは非常に緩い国だったと。つまり、核技術やミサイル技術を北朝鮮に提供したのはウクライナだと言うわけです。

飯田)北朝鮮に。

土屋)中国の最初の空母「遼寧」は、もともとウクライナにあったわけです。カジノにするということで、ウクライナが中国に売却してしまったものです。それを中国がつくり直した。その可能性はあったはずなのに、ウクライナはある種容認していたわけです。

飯田)中国がつくり直すだろうということを。

土屋)ところが、ウクライナはクリミア半島を8年前に併合され、「ロシアとは決別しなければいけない」という意識になったのでしょう。それでウクライナはずいぶん変わった。

ゼレンスキー大統領がここまで徹底抗戦することは、ロシアもアメリカも予測しなかった

土屋)そして、コメディアンという特殊な経歴を持ったゼレンスキーさんが大統領になり、ウクライナの人の気持ちも変化したのだと思います。

飯田)新たな大統領になり。

土屋)ゼレンスキー大統領でなかったら、ここまで抵抗したかどうかはわからないと思います。下手をすると国外に逃げ出していたかも知れません。命の危険に晒されているわけですから。それを奥さんとともに、覚悟を決めてあそこに残って徹底抗戦した。これはロシアも、あるいはアメリカも予測していなかった展開なのではないでしょうか。

かつてはソ連の「武器庫」と言われたウクライナ ~我々には理解できないロシアとウクライナの関係性も

飯田)それによって、国内が一致団結した。支持率や、「必ず勝つ」と世論調査で答える率を見ると、一気に民族自決へ舵を切っているようなところがあります。

土屋)もともと、ロシアとウクライナは近い民族です。憎しみ合うという関係でもなかったはずです。かつてソ連だったときには、ウクライナは「武器庫」と言われました。ソ連のいろいろな武器をつくっていたのがウクライナでした。そういう意味では、技術もあったわけですし、いまは手放していますが、核兵器もウクライナにはあったわけです。

飯田)核兵器も。

土屋)ロシアからすれば、格下に見ていたわけです。その格下のウクライナがこれだけ反発したということに対して、驚いているでしょうし、腹も立てているでしょう。そういうところが我々にはなかなか理解し難い、難しいところだと思います。

飯田)ロシアとウクライナの関係は。

土屋)だからと言って、戦争が正当化される理由はまったくないので、やはり何とかしていかなければいけないと思います。遅ればせながら私の大学もウクライナ人の学生4名、大学院生を受け入れることになり、来月(9月)来る予定です。彼らの言うことをぜひ直に聞いてみたいと思っています。半年が経って、我々は若干、緊張感が薄れてきているような気もします。

飯田)慣れてしまっているというか。

土屋)経済制裁がなかなか効かないというところもあるのでしょう。どこまで団結して民主主義陣営を支えていけるかが、いま問われているのではないかと思います。

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