業績厳しい日産 歴史あるブランドはどうなる?

「報道部畑中デスクの独り言」(第143回)

ニッポン放送報道部畑中デスクが、7月25日に発表された日産自動車の決算会見について解説する。

2019年第1四半期決算会見が行われた日産本社(7月25日撮影)

7月25日に発表された日産自動車の2019年度第1四半期(4〜6月期)の連結決算の数字は、衝撃的なものでした。本業の儲けを示す営業利益が、わずか16億円。赤字転落は免れたものの、前年同月より98.5%の大幅な減少となりました。

前会長のカルロス・ゴーン被告はかつてルノー、三菱自動車工業、日産の三社分で年間20億円近い高額報酬を得ていたとされていますが、単純計算ではその報酬分にも満たなかったことになります。

ちなみに一連の事件で出て来た情報として、ゴーン被告が家族で使う大型クルーザー購入費は約16億円とされています。ゴーン一家のクルーザー代だけ儲かったという…何とも皮肉な数字です。

決算会見では人員削減などの構造改革も発表された

「非常に厳しい結果」(日産・西川広人社長)

日産は2022年度までに世界の14の拠点で、すべての従業員の1割近くにあたる12,500人の人員削減や、不採算車種の整理といった構造改革も発表しました。

「モデル数で10%カット」(西川社長)、具体的には明らかにしなかったものの、「ダットサン」「小型車」「海外拠点」「日産パワー88期間中に投資」という“キーワード”を示しました。額面通り解釈すれば、「新興国の工場を中心にダットサンなどの小型車分野の縮小」ということになります。

日産の西川広人社長

自らの経営責任について、西川社長はこれまでの統治改革や人員削減を「果たすべき責任のマイルストーン(節目)」とした上で、「売上高14兆5000億円など、構造改革を軌道に乗せるまでが責任」と述べ、経営改善に道筋がつけば退く意向を示しました。

クルマの原価は車両重量に比例すると言われた時期があります。1トン=1000Kgのクルマは100万円、2トン=2000Kgは200万円というもの。もちろん、実際にはそんな単純なものではありませんが、確実に言えるのは、小型車は大型車に比べて1台当たりの利幅は小さく、利益を得るには「数で稼がなくてはいけない」ということです。

そういう意味では不採算の小型車の分野を縮小するというのは一見、理にかなっているように見えます。また、縮小したことで得られる経営資源を、電気自動車や自動運転の技術に振り向けるという姿勢も理解はできます。

ダットサン113型セダン(手前)「ダットサン」はかつて小型車の代名詞だった

しかし、日産にとってそれでいいのだろうかという疑念は残ります。国内市場で売れているのは軽自動車とコンパクトカー、5ナンバーサイズのミニバン、世界的な潮流であるSUV(スポーツ多目的車)といったところ。国内市場についてはいま一つはっきりしませんが、仮に小型車を縮小するとなりますと、ますます国内軽視の動きが加速することが懸念されます。

トヨタ自動車はすでに軽自動車を含む小型車の多くの開発を、完全子会社となったダイハツ工業に委ねています。世界的な潮流には抗えないのかもしれませんが、日産にはダイハツに相当する会社があるのか…あるいはルノーや三菱自動車に依存することになるのでしょうか。アライアンスの今後にも関わる話になって来ます。今後の注目点の1つになるでしょう。

また、不採算と一言で言いますが、そのなかにはかつて人気や評価が高かったものの、改良を怠ったことで、競争力、商品力の低下、売り上げ不振につながったものも少なくないと思います。改良次第でよみがえるクルマもあるはずです(ノートの「eパワー」投入や、GT-Rの年次改良はいい“教科書”だと思うのですが)。それを切り捨ててしまうのはあまりにももったいないし、そのクルマを信じて購入した人々に失礼とさえ感じます。

初代フェアレディZ(S30型・手前)、3代目ブルーバード(510型・後)両者はかつて「ダットサンブランド」の車種だった

12,500人の人員削減も、果たして思惑通り行くのか…こうしたリストラは往々にして、有能な人材の流出につながります。折りしも「CASE」というキーワードに代表される大変革の時代、こうした有能な人材の獲得に手ぐすねひいているライバル他社は少なくないと思います。

そして、何よりも気になるのがダットサンブランドの縮小です。小欄でも何度かお伝えしていますが、ダットサンは日産有史以前からある由緒あるブランドで、「日本の自動車のルーツ」と言っても過言ではありません。ブルーバード、サニー、フェアレディZ…ダットサンはかつて日産の小型車ブランドとして、日本や北米を中心に展開されていました。

1980年代に入って、ダットサンブランドは国内向けトラックの車名としてのみ残し、一時消滅しましたが、その後、2012年には新興国向けの低価格車ブランドとして復活しました。私はその10年前、2002年の暮れ、ゴーン氏(当時社長)に日本記者クラブの記者会見で、ダットサンブランドの復活について尋ねたことがありました。

その答えは、「我々にとって大事な財産だ。将来使うことは確かだ」…ダットサンについてはアメリカのみならず、日本にもこのブランドを愛してやまないクラブがあり、復活に期待したオールドファンは少なくなかったと思われます。その後、ブランドが新興国向けのものになることについては、複雑な思いがしましたが、「手頃な値段で信頼性の高い車の代名詞」として、その精神を引き継ぐと当時説明されていました。

現在のダットサンのエンブレム 新興国市場向けのブランドとなっている

小型車の代名詞「ダットサン」。一時潰えたものの、復活を遂げて現在に至るブランドです。決算会見では「ダットサン」があたかもゴーン時代の「負の遺産」の象徴のように感じられましたが、どうでしょうか。関係者は「ブランドの消滅を意味するものではない」と話しますが、どんな形であれ、このブランドは大切に守って行くべきだと思います。

一方、日産にはもう1つ、歴史あるビッグネームがあります。こちらは先月の改良で復活の兆しが出て来ました。これについては次回以降に譲ることにいたします。(了)

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