首里城での火災、現地のショック計り知れず〜玉城知事「必ず復元する」

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(11月1日放送)に、ラジオ沖縄・久高せいやアナウンサーが出演。現地で取材している首里城の火災について、外交評論家・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の宮家邦彦と飯田浩司アナウンサーが訊いた。

燃え上がる首里城=2019年10月31日未明、那覇市 写真提供:産経新聞社

首里城の火災、きょう1日にも実況見分へ

那覇市の首里城で、主要施設の正殿などが全焼した火災。熱に反応する防犯センサーが作動した直後に正殿内の北側部分で煙が充満し、その後火柱が上がっているのを警備員が確認したことがわかった。沖縄県警はこの付近から出火したと見て、1日にも実況見分をして原因を調べる。

飯田)消失したのは木造の正殿、コンクリート造の北殿、南殿、奉神門、鎖之間、さらに黄金御殿、二階殿と、さまざまな建物が焼け落ちてしまったということです。現地を取材している、ラジオ沖縄の久高せいやアナウンサーと電話がつながっていますので、その辺りの事情を聞いて行きたいと思います。この火災、まだ原因はわかっていないということですが、大きなイベントの真っ最中で、今週末がクライマックスだったのですよね?

久高)そうなのです。10月27日(日)〜11月3日(日)まで、首里城をメインにしたイベントが開催される予定だったのですが、今回の火災を受けて全て中止となっています。

飯田)イベントの準備を、火が出る直前までやっていたという報道もありますよね。

久高)この後、実況見分が午前10時から行われる予定で、そちらで明らかになると思いますが、火が出たのは正殿と見られています。正殿の前の広場で作業をしていたということで、それがどう関係しているかはまだ不明なのですが、それだけ昼夜を問わず準備がされていたということです。

正殿正面(2016年1月)(首里城-Wikipediaより)

ショックで涙を流す人も

飯田)地元では号外も出たという話がありますが、どのような報道がされていますか?

久高)号外では、みなさんも目にしたと思うのですが、ごうごうと赤く燃える首里城が暗闇のなかに浮かぶ風景があまりにもショッキングで、立ち尽くす人や涙を流す人の写真が多く掲載されていました。

飯田)久高さんご自身にとっても、これは衝撃的な事件でしたよね。

久高)そうですね。私にとっても首里城は沖縄のイメージにつながるものであっただけに、心のなかにぽっかりと穴が開いてしまったような印象があります。実際に目の前で燃えている風景を見ても、夢うつつというか、夢から醒めていないような印象を受けました。

飯田)信じられない、というような感じですか?

久高)そうですね。

飯田)世界中から観光客が多く集まる場所でもありましたからね。

久高)特に沖縄に関して言うと、運転免許を持っていない外国の方、インバウンドの方が多く訪れるということで、モノレールで行ける観光地の第1位に挙がるのが、この首里城だったわけです。そのなかでは、観光面の被害も多く出そうです。

飯田)これはさまざまに広がって行くかもしれません。

戦災で失われる前の正殿(空手演武)-1938年(昭和13年)(首里城-Wikipediaより)

2月に国から県へ移管していた

宮家)きょう新聞を読んでいて気になったことがあります。首里城の管理が2月に国から県へ変わったという話があるのですが、それとこの大きなイベントの実施には何か関係があるのでしょうか?

久高)私の肌感覚ではありますが、設備が大きく変わったということはなく、移管前の去年(2018年)12月に火災訓練も行われており、そのときも異常はなかったということです。そういったところでは設備が少なくなっている、管理がずさんになっているということは考えにくいと思います。

宮家)今回のような大きなイベントを、国が管理しているときにはできたのですか?

久高)国が管理というよりも、財団の主催、主導でこれまでもやって来たので、その部分に関して大きく違いはない印象です。

飯田)いずれにせよ、これから実況見分があるということですから、それを待たないとなかなか予断を許さないという状況でしょうか?

久高)燃えた跡を見ているだけでも心が痛むなかで、やはり前を向いて行かなければならないという機運が高まっていて、那覇市役所では募金活動や募金箱が設置されたり、自主的にTシャツを作って資金を集める動きも出始めています。これから実況見分が行われた上で、対策がとられ、再建への動きも出て来ると思います。

城壁(首里城-Wikipediaより)

再建への課題

飯田)もともと、燃えた建物の復元の際も日本中から宮大工が集まって、沖縄の方々と力を合わせた。30年くらいかけてようやく、というところでしたものね。

久高)技術者の方々の技術の継承という部分もそうですし、資材の確保も課題に挙がっていました。当時、台湾から禁輸されていた檜を使ったということで、特別に許してもらった部分もありました。

飯田)ありがとうございました。法令上は必要がなかったということですが、スプリンクラーもなく、延焼対策というところでも。

宮家)沖縄の象徴ですから、私個人的にもショックですよね。沖縄の方々のショックは計り知れません。

飯田)国としても、全力でこれを復旧させるのだと。玉城デニー知事も会見のなかで、「必ず復元する。県は全身全霊で取り組む」と明らかにしています。

飯田浩司のOK! Cozy up!
FM93AM1242ニッポン放送 月-金 6:00-8:00

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