「朝鮮戦争って何?」今こそ知るべき基礎知識〜辛坊治郎が解説

キャスターの辛坊治郎氏が6月25日(木)、自身がパーソナリティを務めるニッポン放送「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!〜激論Rock&Go!」に出演。この日開戦から70年を迎えた朝鮮戦争について解説した。

南北首脳会談を前に軍事境界線を挟み握手する韓国の文在寅大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2018年4月27日、板門店(板門店共同映像取材団・共同) 写真提供:共同通信社

かつては朝鮮戦争の「開戦責任」論争があった

韓国と北朝鮮の軍事的な緊張が再び高まるなか、朝鮮戦争開戦から25日でちょうど70年を迎えた。

飯田浩司アナウンサー)いまだに停戦という形ですね。

辛坊)そうなんですよ。朝鮮戦争勃発から丸70年です。1950年6月25日未明、戦車が38度線を越えて北朝鮮から南の韓国になだれ込んできて朝鮮戦争が勃発しました。こうしてラジオで話せるのはここ2〜30年くらいの話です。私がテレビ局に入った当時は朝鮮戦争の開戦責任ということに関して日本国内でも論争がありました。ですので、歴史的に「38度線を北朝鮮が突然越えて韓国を侵略してきた」というのが一般的な理解で、ラジオでこれを言ったからといってどこからもクレームは来ませんし、来たとしても相手にしないというレベルで済む。ところがかつては「韓国とアメリカの仕掛けた謀略なのだ」というような話が堂々とまかり通っていました。

飯田)国連の安保理決議でそうなっているはずなのですがね。

辛坊)国内的な思想というのはそういうことに縛られないわけですよ。ラジオでそのようなことを言ったときには「きちんと説明しろ」と言われて突然糾弾されたりすると面倒くさいので「曖昧な話にしておこうか」なんてことがありました。基本的に、「ある日、38度線を越えてきた」。このあたりの歴史の話というのは、この番組のリスナーの皆さんの理知的レベルは高いと思いますから「そんなことまで説明しなくていいじゃないか」と思うかもしれませんが、広いみなさんに聞いていただこうとすると、やはり基礎から話したいということもあります。

破壊されたソウル市内の建物(朝鮮戦争 – Wikipediaより)

「朝鮮戦争って何?」

辛坊)私もこの職業で愕然とすることはあります。いまから20年くらい前に日本とある有名私立大学を優秀な成績で卒業された女性のアナウンサーと生本番中にベトナム戦争の話になりました。しかしなんだか話が噛み合わないのです。「ベトナム戦争ってどこが勝った?」って聞いたら「アメリカ」というのです。「いやいや、そこから説明しないとまずいのか」と思います。そうなると朝鮮戦争というともっとそうした場合が考えられます。「朝鮮戦争って何?」って話なのです。

飯田)なるほど。

辛坊)実は朝鮮戦争というのは日本の戦後にはものすごく大きな影響があって、朝鮮戦争がなかったらもしかすると戦後の復興、日本の経済成長はいまとはまったく異なる形になっていた可能性は大きいのです。1945年に日本は太平洋戦争に負けてボロボロになった。ところが1950年6月25日、70年前に朝鮮戦争が始まったことで朝鮮特需ができる。アメリカ軍の前線基地というのは日本になり、いろいろな軍事物資をはじめ支援物資を国内で大量生産するという、この景気で日本は戦後復興の足掛かりをつかんだといわれています。ですので朝鮮戦争というのは実は朝鮮半島だけのことではなくて日本の戦後の歴史にもものすごく大きな影響を与えています。

かいつまんで言うと朝鮮半島は1910年に日韓併合で日本領になりました。1945年に日本が太平洋戦争に負けたことで独立をしたのですが、この日本が太平洋戦争で負ける8月15日の直前にソ連が満州になだれ込んでくるわけです。なぜなだれ込んできたのかというと、もう太平洋戦争は終わるということを見込してソ連は朝鮮半島全域に影響力を行使したいという思惑でなだれ込んできた。アメリカとしては朝鮮半島全部が共産化するのはいかがなものかということで当然、その後朝鮮半島に米軍を上陸させます。北にソ連、南に米軍ということで話し合いの結果38度線という朝鮮半島の真ん中の部分に線を引いたのです。ここから北には「朝鮮民主主義人民共和国」というソ連の息のかかった共産国で、南側はアメリカの息のかかった「大韓民国」。そうして2つに分けたのですが、そのあとソ連と中国、北朝鮮の金日成は朝鮮半島全部を支配したいという思いはある。アメリカはどこまで本気で守るつもりがあるのかという思惑がある。ところがここでアメリカの国務長官があほな発言をするのです。

ディーン・アチソン – Wikipediaより

朝鮮戦争勃発の誘因となったと言われる「アチソンライン」

飯田)ディーン・アチソン

辛坊)そうです。アチソンというおじさんが、ニュアンスとして「アメリカが武力を行使して守るのは日本列島まで」と。日本と朝鮮半島の間になんとなく線を引いてここまで米軍は守りますが朝鮮半島までは守らないよ、というようなニュアンスを言ってしまうものですから北朝鮮とソ連と中国は完全に勘違いをしてこれは南に攻め入ってもアメリカ軍は反撃してこないとみたのです。それで70年前の6月25日に突然、戦車部隊を行かせた。私は実際に38度線の向こうから戦車が来たというルートを見ました。そのルートのところには二度とそのようなことがないように韓国語で互い違いにコンクリートの要塞のような障害物をつくり北朝鮮からまっすぐ戦車が入ってこられないように一応固めています。いまの戦い方であればいきなり戦車ではなくヘリコプターで来てしまったらという話ですが、いろいろなところで守りを固める体制は韓国にはありますが、その当時はなかった。ですので、そのまままっすぐ南のほうに攻め込んできた。当時は国連軍といいますか米軍主体の軍隊と韓国軍があったはずなのですが、あっという間に韓国軍も米軍も追い散らされてほぼ太平洋に叩き込まれる。朝鮮半島全域から追い落とされるという寸前のところまで行ってしまった。

2018年米朝首脳会談 – Wikipedia(2018年米朝首脳会談 – Wikipediaより)

まだ終わっていない朝鮮戦争

辛坊)そこでどうするのか。アメリカ軍は朝鮮半島全部が共産化するのを放置するわけにはいかないとして仁川上陸作戦という現在仁川空港があるあたりに米軍を上陸させて反撃に出ました。今度は米軍が反撃すると思っていなかったので北朝鮮は総崩れになり一瞬で中国と躊躇国境というところまで北朝鮮はぐっと押し戻されていきました。こうなると中国は朝鮮半島全部がアメリカの支配下になるのはいかがなものかということになる。中国は朝鮮戦争の直前に中国共産党がつくった中華人民共和国が成立した直後なので毛沢東は人民解放軍を100万単位で送り込んでくるという血で血を洗う大戦争となる。そして今度はじわじわと38度線までアメリカ軍と韓国軍は押し戻されて結局38度線、開戦時の出発点くらいまで戦線が戻った段階でこの辺でやめようと休戦協定が結ばれる。それが1953年の7月です。ほぼ丸3年と1ヵ月、熾烈な戦いの結果朝鮮戦争はまだ終わっていないのです。

16日午後に完全破壊された北南共同連絡事務所=2020年6月16日 写真提供:時事通信

「終戦」を知らなかったトランプ

辛坊)朝鮮戦争の当事者であるところの北朝鮮、中国、韓国、アメリカは和平を結んでいないので休戦なのです。これを知らなかったトランプ大統領は「終戦していなかったのか、ならば終戦してあげる」と言って、2年前にああいった騒動になり結局話がややこしくなりました。こうしたなかで迎えた25日の直前に北朝鮮はこの数ヵ月間本当に動きが急なのです。

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