緊急事態宣言を発出しても何も変わらない……実効性の伴う特措法が政治的思惑超えて必要

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(1月4日放送)にジャーナリストの須田慎一郎が出演。政府が取りまとめを急ぐ新型コロナウイルスの特別措置法改正案について解説した。

会見を行う菅総理 令和3年(2021年)1月4日 〜首相官邸HPよりhttps://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/actions/202101/04kaiken.html

憲法改正とワンセットにならなれば実効性の伴う特措法にはならない

政府は2021年1月18日召集予定の通常国会で提出する新型コロナウイルス対策の特別措置法改正案の取りまとめを急いでいる。通常国会開会前の5日にも政府与野党連絡協議会を開始し、各党が政府側と特措法の改正について事前に協議するなど異例の対応となる。

飯田)時間短縮などの休業の要請に応じた店舗への給付金の制度化や、応じない場合の罰則を新設するのかどうなのか、という辺りが焦点となるようです。

須田)やはりルールを徹底するためには普通は罰則を設ける、というところが適切な手続きだと思いますが、これをやってしまうと私権の侵害にもあたるということで、憲法との整合性をどう保っていくのか、ということが非常に大きな焦点となってきています。

しかし、現行の憲法はどうなのでしょうか。私権の制限ということを考えてみると、有事というものを想定していない憲法なのです。平時についてしか想定していない憲法ですので、効果を持たせようとするのならば、場合によっては憲法改正ということも視野に入ってくる。つまり、憲法改正とある意味ワンセットになっていかなければ、実効性の伴う特措法にはならないのかなと思います。しかし、そこに入っていくと野党が乗ってこられないというか、野党はそこを絶対的に合意するわけにはいかないということで、憲法改正という問題を孕んでいるためにまとまりがつかないのかな、と思います。

飯田)公共の福祉に反しない限り、という但し書きがありますが、平時有事での切り分けという部分では一切記述がないわけですよね。

与野党党首会談に臨む(左から)立憲民主党・福山哲郎幹事長、枝野幸男代表、安倍晋三首相、公明党・山口那津男代表、自民党・二階俊博幹事長、公明党・斉藤鉄夫幹事長=2020年3月4日午後、国会内 写真提供:産経新聞社

野党の大反対で特措法の実効性が弱まった昨年春

須田)加えて、本当に実効性が伴うような、場合によっては中国的な、共産主義国家的な、強烈な強制力を持ったロックダウンであるとか、そのようなことをやろうとすると著しい私権の制限になるわけですので、どこの段階までやるのかというところがあります。

ただ、目的としては、一旦私権の制限を伴うけれども、強烈なロックダウンを行うことによって一気に問題解決を図るのか。それとも緩やかに行っていくのか。そのような選択肢になっていくのですが、そこについてどうあるべきか、という議論をするのが先決であるにも関わらず、私権の制限についてずっと引きずられ続けているこの議論はどうなのかと私は思います。

飯田)今回は感染症が対象ですが、本来としては他の有事の際の対応についても一体どうするのか、というところも全体として考えていかなければいけないはずですよね。

須田)ゼロベースで、何を目的とするのかというところで議論を始める。そのためには、憲法改正が必要なのかどうなのか。そのような議論だと思うのです。ところがそれをやろうとすると、野党や公明党などの党内事情についての政治的な思惑でできない、ということはおかしいのではないかと思います。

飯田)結局そのような事情がもともとあるということがあって、少しずつ、特措法のようなもので継ぎ足しながらやっていきている。それだと一個一個の手続きが遅れてしまったり、適切な時に適切な制限がかけられない。それによって結果的に感染症が蔓延してしまう。この半年余り大体そんな感じだったな、という感じがありますよね。

須田)2020年の春の段階を思い出して欲しいのですが、特措法を作って罰則規程や私権の制限、などといったときに、立憲民主党などの野党が大反対したわけですよね。ところがそれを伴わないと実効性を伴わないということで、ある種一定程度の、という注釈付きでそれを認めるような、サラミ戦術と言ったらいいのでしょうか。少しずつ小出しにしていった。その間に、どんどんと状況は悪化していく。

もうこのような議論はやめよう、と。何をどうするべきか、という大前提を決めて、そのなかで法的な枠組みを決めていくという方が、よっぽどスピーディに問題解決につながっていくのではないかと思います。

緊急事態宣言を発令し会見で国民に協力を呼びかける安倍晋三首相=2020年4月7日午後、首相官邸  写真提供:産経新聞社

昨年春とは違い、緊急事態宣言をしたところでほとんど何も変わらない

飯田)秋から冬にかけてまたコロナウイルスが蔓延してきました。こうなってくると、早くまた緊急事態宣言を出すべきだ、という議論になっていますが(※注:1月4日午前、菅総理大臣が、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県を対象に緊急事態宣言の発令を検討することを発表した)、ご指摘の通り現行法だと私権の制限は何も入っていないので、緊急事態宣言をしたところでほとんど何も変わらないということになるのですよね。空気が変わるだけですかね。

須田)そうですね。2020年の春の段階だったら新型コロナウイルスというものはどういうものなのかわからない状況でした。ですので、国民の側が萎縮して何となくそれに従いましたが、だんだんと状況がわかってきたり、これ以上経済的に制限される自粛要請には応じられないということで、五月雨式に始めてしまうというところもある。あるいはそのような要請に対して無視するところも出てくる。

このような状況下で一斉に動こうとするのならば、一定程度の私権の制限は必要になってくるのではないかなと思います。もちろん慎重にやらなければいけませんが、もし万が一必要なのでやります、となった時に、それが実効性を伴わないという事態も考えていかなければいけないと思います。

飯田)国民の移動の制限というものを持って感染の蔓延を防ごうという方法もやっていますが、一方で医療の逼迫というものも言われますよね。感染した人の命をどう救っていくのか。あるいは、それ以外の病気の人たちにいままで通りの医療をどう受けてもらうのか。いま医療の逼迫だと言われていますが、一方で病床数やお医者さんの数でいうと諸外国から見れば相当多くいるという話も聞きますが、これも私権の制限をかけないと動員もできないということですよね。

須田)そうですね。やはり問題なのは、日本の場合は病院の数が多すぎて、医療従事者のなかでも看護師さんが偏在化していて、新型コロナウイルス対策の治療に当たる人たちに適切に医療資源が分配できないという大きなネックがあるのです。そこにいま全て頬被りしている状況ではないですか。これだけ時間やお金をかけたのに、いまだに2020年の春と同じ状況なのか、医療体制はどうなっているのか、というところにメスを入れて、適切な配分になっているのかということについて考えていかないと、いつまで経っても同じことの繰り返しになるのではと思います。

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