【突破する日本】新元号「令和」に多くの国民が好感も… 何でも反対「アベノセイダーズ」に教養&文学的センスなし

【突破する日本】新元号「令和」に多くの国民が好感も… 何でも反対「アベノセイダーズ」に教養&文学的センスなし

会見する安倍晋三首相=1日、首相官邸(古厩正樹撮影)

★(5)

 新元号「令和(れいわ)」を、多くの国民が好感をもって迎えている。共同通信の世論調査(4月1、2日)では73・7%が「好感が持てる」と回答した。だが、少数だが、違和感を持つ人もいる。

 3日付の「朝日新聞」投書欄は、神奈川県の60代主婦の投稿を掲載した。「令和」の出典、『万葉集』巻五「梅花の歌」の序文を書いた大伴旅人は東国などから徴発した防人を所管する大宰府の長官であったとし、「万葉集の防人の歌は、農民たちが出征途上で防人に取られていく悲しみを切々と歌ったものだ」とする。

 何れも事実だ。が、ここから彼女は直接の言及はないが、「『令』の字に使役の意味がまず浮かび」などと記しており、現代における徴兵制を連想したようなのだ。

 前にも書いた通り、この序文は、律令制を採り入れるなどの国内体制の改革や東アジア情勢の好転により、諸国からの防人を停止しようとしている時期に、防人を所管する大宰府の長官の屋敷で梅花を愛でる宴会が開かれた。その極めて穏やかで平和な様子を描いたものだ。ここから現代の「防人」を想像するのは考えすぎというものだ。

 何でも、安倍晋三首相や安倍政権のすることに反対する「アベノセイダーズ」と呼ばれる人々も、「令」の字から召集令状や逮捕令状を連想するようだ。これらの人たちは自らの文学的センスや教養のなさを顧みた方がよい。

 新元号が『万葉集』を直接の出典としたことは多くの想像力を働かせる。日本最古の歌集『万葉集』には天皇から農民、防人まで国民各層の歌が差別なく収録されている。故・渡部昇一氏は「和歌の前の平等」(『日本語のこころ』1974年)と呼んだが、この伝統は毎年1月の宮中歌会始に受け継がれている。日本は古くから他国に比べても身分差が少ない。そういう国柄であるということだ。

 また、『万葉集』の和歌は、現代の私たちにも理解できる。防人の歌として有名な「父母(ちちはは)が頭掻(かしらか)き撫(な)で幸(さ)くあれて言ひし言葉(けとば)ぜ忘れかねつる」(巻二十)は、出征に当たり、両親が頭を掻き撫でながら「元気でな」と言ってくれた言葉が忘れられないというものだ。情景や心情も理解でき、胸に迫って来る。日本語が古くから基本的に変わっていないからだ。現代英語が古英語や中世英語と全く別の言語であるのとは対照的だ。

 日本語は連続する言語であり、日本という国家もその頃から連続している。その連続している国家が、さらに先に続くべく御代替わり(みよがわり)を迎える。日本の国柄に思いを馳せながらその時を迎えたい。

 ■八木秀次(やぎ・ひでつぐ) 1962年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士後期課程退学。専攻は憲法学、思想史。第2回正論新風賞受賞。高崎経済大学教授などを経て現在、麗澤大学教授。教育再生実行会議委員、フジテレビジョン番組審議委員、日本教育再生機構理事長など。法制審議会民法(相続関係)部会委員も務めた。著書に『憲法改正がなぜ必要か』(PHPパブリッシング)、『公教育再生』(PHP研究所)など多数。

関連記事(外部サイト)