【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】「そんなことをした首相は一人もいなかった」 些細な中で生まれる人の“信望”

【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】「そんなことをした首相は一人もいなかった」 些細な中で生まれる人の“信望”

田中角栄は、衆参両院の事務局職員にも気を配った

★究極の人心収攬術(7)

 「信望」という言葉がある。信用と人望を意味し、大それた出来事の中で生まれることもあるが、むしろ些細(ささい)な日常の振る舞いの中で生まれる方が多いのである。

 田中角栄は首相在任中の衆参本会議場で、次のようなエピソードを残している。

 衆参の本会議場を見学、あるいはテレビなどで見た人はお分かりかと思うが、議員席から見て議長席のやや下、左右に大臣席が並んでいる。左側の一番右端が、首相の“定席”である。一方、大臣席の後ろ一列に座っている人たちを知る人は少ないと思われる。衆参両院の事務局の職員である。衆参とも、向かって左の大臣席の後ろには事務次長ほか各部長、右の大臣席の後ろは議事録の職員と決められている。

 さて、本会議が始まると、議場横の出入り口から、首相以下、各大臣が入ってくる。首相は席に着くために、事務局職員の席の前を通ることになる。田中派担当記者が、こんな話をしてくれたことを思い出すのである。

 「田中首相は事務局職員の前を通るとき、例の右手を挙げ、必ず、『ご苦労さん』と声をかけていた。事務局のベテラン職員に聞いても、それまでに、そんなことをした首相は一人もいなかった。会釈すらなかったそうです」

 「このため、事務局職員は歴代首相を『○○先生』と姓で呼んでいたが、田中首相だけは『角栄先生』と名前で呼ぶ者が少なくなかった。親しみと敬意からだった。その後、この話を耳にして、中曽根康弘首相がマネをした。もっとも、『ご苦労さん』はなく、会釈だけだったらしい」

 衆参両院の事務局職員は、法案が本会議での議題になるまで、議員たちの大変な“陰の力”になっている。法案が衆参両院に提出されると、次に委員会に付託され、審議、議決があって初めて本会議の議題となる。職員たちはすべてに不備はないかと、1本の法案に神経の休まるところがないのである。

 その苦労ぶりを、議員立法33本という離れ業をやってきた田中は、苦労人だっただけに身に染みて分かっていたということだった。

 事務局職員たちへの、こうした田中の心配りは、「信望」として多くの議員間にも伝わった。これが、首相退陣後“混迷”した田中派の、長らくの結束の大きな要因となっていたのだった。人の「信望」は、些細なことの中で生まれることを心すべきということである。=敬称略(政治評論家・小林吉弥)

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