「躍動」「期待」令和2年 論説委員から「ひとこと」

「躍動」「期待」令和2年 論説委員から「ひとこと」

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 令和2(2020)年、東京五輪・パラリンピックの年を迎えました。産経新聞の論説委員室メンバーの似顔絵も、五輪競技の選手に扮(ふん)し、動き鋭く? 変化の激しい時代を斬る覚悟を示しました。足腰は弱ってきているものの、元海外特派員や国際スポーツ大会の取材など経験豊富なメンバーが、取材“秘話”などを明かしています。といっても200字足らず、読んで損したと怒らず、ご容赦を。NHKに飽きたら、こたつでミカンを食べながらご覧ください。論説では毎朝、このメンバーが参加して会議を持ち、翌朝刊に掲載する主張(社説)について議論を戦わせています。談論風発、一歩踏み込んだ論考に、ご期待ください。

 読者のみなさまには改めまして、明けましておめでとうございます。よい年になりますように。

 乾正人 101歳の長寿を全うした中曽根康弘の好敵手だった福田赳夫が、71歳で念願だった宰相の座を射止めたとき、「明治38歳だ」と若さをアピールした。

 中学生だった私は、「ダサ過ぎるな〜」と鼻白んだが、その気持ちは昭和、平成、令和の三代を生きることになった今、痛いほどよくわかる。先日もある酒席で「昭和37歳だ」と胸を張ったら、思い切りドン引きされた。読者の皆さんには鼻白まれぬよう精進してまいります。

 斎藤勉 間近に見る大嘗宮に凜(りん)とした「気」をもらい、清々しい新春を迎えた。旧年は令和と古希の節目で、思い切った断捨離もした。今年は令和の花・梅の開花が待ち遠しい。「桜を見る会」を巡るばか騒ぎには心底、嫌気がさした。2月には駆け出しの水戸支局時代、「梅娘」目当てに取材に通った偕楽園の「梅まつり」を久々に再訪しよう。そして、「桜の咲く頃」に来日する、かの国の主席の「国賓」が取り下げられれば文句なし。

 湯浅博 作家、永井荷風がフランスから帰朝し、父から今後の抱負を聞かれた。そこで荷風、「新聞記者にでもなろうか」と漏らした。が、まだ正義と人道を商品にするほど悪徳になれていないと思う。父曰(いわ)く、「つまらん職業では家名に傷がつく」とかで、わが父も似たことを言った。

 当方、その職について半世紀に近い。それを悪徳と気づかぬフリして過ごしてきた。まあ、真顔で正義を振り回すどこかのメディアよりはマシかな。

 長辻象平 今年は太陽活動「サイクル25」の開始期に当たる。

 太陽は、11年周期の活動リズムを持つが、過去3サイクルは連続で活動が低下している。

 5〜6年後にピークを迎える第25周期にも復活の兆しはみられない。

 活動度は黒点数に表れ、17世紀末などの不活発期に地球は寒冷化した。低温期の多雨傾向を示す研究もある。弱まる太陽活動と増える二酸化炭素のせめぎ合いの行方が気にかかる。

 別府育郎 五輪年の幕開けだ。昭和39年の東京大会以来、56年ぶり2度目の開催である。小学1年生だった。父に連れられ武道館で柔道無差別級を観戦した。満員の客席の後方で視界はなく、大柄な外国人が肩車をしてくれた。眼下の畳では、神永昭夫がヘーシンクに抑え込まれていた。国電での帰路、父が悔しそうだった記憶がある。勝手に、自身のスポーツ取材の原点と位置づけている。再びの東京五輪に立ち会えることがうれしい。

 田中規雄 今年生誕90年を迎える作家の開高健は、新聞コラムのお手本として、大正時代に活躍した薄田泣菫(すすきだ・きゅうきん)の名前を挙げていた。

 「読者は、毎日新聞を開いて、一字一句を追って読み、あたたかくホッと一息ついたり クスリと笑ったり、ソウダ、ソウダとつぶやいたりしてから、家を出ていったのであろう」

 コラムを書き始めて、15年目に突入した。クスリと笑える名コラムに一歩でも近づきたい。

 岡部伸 「欧州情勢は複雑怪奇なり」。初夢でこの言葉が浮かんだ。1939年8月、不倶戴天の敵の独ソが不可侵条約を結んだことを予測できなかった平沼騏一郎首相の“迷言”である。

 昨年4月まで赴任した英国の欧州連合(EU)からの離脱の先行きは依然不透明だ。ドイツ経済が失速、フランスの大規模ストは拡大の一途を辿る。ロシアのバルトへの介入も気掛かりだ。足元危うい21世紀の欧州の「真実」にしっかり迫りたい。

 内畠嗣雅 「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」。インド独立の父、マハトマ・ガンジーの有名な言葉の一つである。そうありたいものだが、この頃は年のせいか、明日死ぬのなら、今日ぐらいのんびり過ごしたいし、「永遠に生きる」みたいな将来は、うまく想像できなくなった。そんな自分に言い聞かせるならむしろ、「明日死ぬとしても今日学びなさい」。力強い論説のため、不断の努力を誓います。

 中本哲也 「道具屋さん、この箪笥(たんす)はいい箪笥だね」「いい箪笥ですとも、うちの店に6年ありますから」

 古今亭志ん生「火焔太鼓(かえんだいこ)」の一場面をまくらに振る。

 「産経新聞は、いい会社なのかい」「いい会社ですとも、アタシが35年もいるんですから」

 1年に1本はいい記事を書きたい、と思って記者生活を続けてきた。今年も同じ。その1本が容易ではない。

 沢辺隆雄 教育はいま転機にある、と毎年のように書いているが、今年は4月から小学校で新学習指導要領に沿って一新された教科書を使った授業が始まる。

 指導要領の歴史を振り返ると前回東京五輪を前にした昭和30年代の改定で小中学校の道徳の時間が新設された。当時は日教組“華やかなりし頃”でもあり学力テストなどへの反対闘争も盛んだった。変化の激しいときだからこそ道徳をはじめ、時を超え大切な教育を考えたい。

 井伊重之 今年9月に東京パラリンピックが閉幕すると、日本経済が本格的な下り坂を迎える「日本衰退論」が盛んだ。確かに少子高齢化に歯止めがかからず、所得格差は拡大する一方だ。「年金2千万円不足問題」もあり、若者たちの将来不安は相当だ。

 だが国の衰退が個人の貧困につながるとはかぎらない。それをビジネスチャンスに変える猛者も登場する。これからは個人の時代。会社に人生を託す価値観の転換を急ぐ必要がある。

 長谷川秀行 技術革新の奔流の中で、デジタル通貨や5G、AI、スマート農業などと、50代半ばになったわが身には難度の高い言葉が次から次へと登場する。それらが米中の覇権争奪戦や、安倍晋三政権の成長戦略などに頻繁に出てくるからやっかいだ。さて今年はどんな用語が新たに紙面をにぎわすか。かみ砕いて分かりやすい論説記事を書ければと思うのはいつものこと。何とか読者のご期待に沿えるよう、もっと精進しなければ。

 佐々木類 ロシアのプーチン大統領が英紙のインタビューに「自由主義は時代遅れだ」と言った。

 権威主義や個人崇拝を恥じないロシアや中国こそ、中世から蘇った化け物である。

 だが、独裁国家における意思決定のスピード感は、自由で民主的な国家のそれをはるかに凌駕する。過小評価は禁物だ。

 内憂外患の日本に迫り来る危機を感じられるかどうか。ノアは「雨の降る前」に箱船を造ったことを想起したい。

 渡辺浩生 「弱さや恐怖による融和政策は無益でもあり致命的」で、「強さからくる融和政策は世界平和への最も確実にしておそらくは唯一の道」との言葉を残したのは英チャーチル卿だった。

 全体主義や権威主義への安易な妥協や現状追認が破局につながると歴史は語る。

 現実を覆い隠す理想を取り払い、脅威と危機の本質を見定める。ポスト冷戦期が終わった今年、「戦争と平和」をリアルに論じたい。

 佐藤好美 ある年の正月、家の前の通りに突如として人の波が生じた。ここ数年はやりのローカルな七福神巡りのルートにはまったのである。

 つられて歩いてみると、こんなところに寺が、とか、像が妙に新しいとか、7人の神様を探し当てた仕掛け人の苦労がしのばれる。神社、仏閣をはしごするのはいかにも日本的だが、閑散としていた寺がにわかににぎわっているのを見ると、神頼みの地域おこしに期待するのである。

 榊原智 天皇陛下の「即位礼正殿の儀」では皇居の空に虹がかかった。「天に守られている」と思わせるような瑞祥(ずいしょう)だったが、同時に皇位継承権を有する若い皇族は悠仁親王殿下お一方だけという危機的状況がある。目を世界に転じると日本は米中新冷戦という大嵐の海をなんとか航行している。

 令和2年を、東京五輪・パラリンピックという祭典の成功はもちろん、日本の危機を乗り越えていく年にしたいものだ。

 阿比留瑠比 今年は、政策も政治信条も矜持も何もないが悪意だけはある一部野党と、とにかく政権をたたけるのであれば真贋も事の軽重、優先順位もどうでもよくなる左派マスコミが、さらに国民から軽侮を受ける年となろう。彼らは、インターネット上で次々に事実関係が検証され、論理破綻やあからさまな嘘が見抜かれても、目と耳をふさいでいるが、どんどん国民から見放されていく。願わくは、弊紙を巻き添えにしないでほしい。

 河崎真澄 台湾海峡の東西に位置する「両岸三地」と呼ばれる中国と香港、台湾が重大な局面を迎えている。中国共産党政権は、香港市民の民主化要求を弾圧し、国際社会との亀裂も深めている。台湾では、対中政策が最大の争点である総統選が1月11日に行われるが、結果にかかわらず中国は「台湾統一工作」を加速するだろう。

 来年7月の共産党創設100周年に向け“手柄(てがら)”がほしいからだ。

 森田景史 ある格闘競技の金メダリストが言っていた。「五輪は強いやつが勝つんじゃない。ドラマを持ったやつが勝つ」と。「ドラマ」の意味するものが人生の山坂なのか、なめた辛酸の量なのかは分からない。いずれにしても勝利の女神が技量力量の優劣より百折不撓(ふとう)の物語を好むことは、五輪取材で身にしみて知っている。今夏の東京五輪、日本勢の勇躍を伝える紙面は女神に認められた者たちのドラマで埋まることになる。

 大谷次郎 庚子(かのえ・ね)の年が始まった。「庚」の字は継続、償う、更新を表し「革命revolutionにもっていかずに、進化evolutionにもっていく」(安岡正篤著『干支の活学』)、「子」は増えることを意味する。さて、永田町では衆院解散・総選挙の時期をめぐり、通常国会冒頭説、東京五輪後説などが飛び交う。今年こそ国会議員を更新させた方が物事が前に進むはず。いつ衆院解散があるのか注目したい。

 藤本欣也 夢を見た。ときは幕末、若い志士が幕府の追っ手から逃げている。路地裏で民家のおやじが「入りな」と若者をかくまってやる。通りでは倒幕派と佐幕派が血みどろのケンカ。家では父親が子供に説教している。「倒れっこねえんだから、あきらめろ」。子供は二度と帰らぬ覚悟で家を飛び出す…。

 こんなことが今の香港で起きている。2020年は一体どうなるだろう。大獄か、倒幕か、はたまた大政奉還(?)か。

 遠藤良介 五輪の年はロシアに要注意である。ロシアは2008年、北京五輪の開会に合わせるかのように隣国ジョージア(グルジア)と軍事衝突した。14年のソチ冬季五輪の直後には、隣国ウクライナに軍事介入し、クリミア半島を一方的に併合した。

 この2つの紛争で現場を走り回ったため、五輪と聞くと、きな臭さをまず感じてしまう。東京五輪・パラリンピックの今年、ロシアおよび同じ体質の中国にはくれぐれも厳重な警戒を。

 河村直哉 正月の悪夢ではあった。われらが選良が、季節外れの桜の下で盛大に年越しの花見をやっていた。モリだかカケだか、伸びたソバをすすりながら。

 毎年、年頭には、日本が独立自尊の気概に満ちた国であれと念じている。国家の権利を制限する現行憲法の改正など、とうにやっておくべきことがらである。だがこの間の国会の何たる体たらく。与野党とも国政の優先課題を見失ってはいけない。今年こそは、と改めて念じる。

 長戸雅子 ドイツの再統一からはや30年。分断国家がひとつになったきしみはまだ残るが、朝鮮半島に目を転じると、ドイツ型の統一はその気配すら見えない。ドイツにあって朝鮮半島にないものの一つが民間レベルでの両国民の継続的な交流、情報だった。しかし、ここは朝鮮半島にはあってドイツにはなかったものを考える方が重要かもしれない。ドイツには民族同士の戦争がなかった。何より隣に中国のような強権国家がなかった。

 山上直子 令和2年は、最古の正史「日本書紀」の編纂(へんさん)から1300年に当たる。日頃の無精を反省し、この年に読まねばいつ読むのか−と気合を入れて現代語訳をそろえてみた。ところが、やっぱり入門書が先かな、いやビジュアルがわかりやすい図解版がよいかも…とどうも前置きが長くなっている。この調子では、マンガで読んだという若者らにも後れを取りそうな気配。東京五輪でテレビづけになるまでには、なんとか。

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