コロナ禍で鮮明になった「日本の没落」…経済学者が23年前に著書で鳴らした警鐘

コロナ禍で鮮明になった「日本の没落」…経済学者が23年前に著書で鳴らした警鐘

「微分積分・因数分解が必要か?」と言い放った財務大臣の麻生太郎氏

 昨年9月、ネット・通信制高校の特別授業に登壇し、義務教育に触れた麻生太郎財務大臣の“放言”が、最近メディアに改めて取り上げられ、拍手喝さいを浴びているという。

「微分積分・因数分解とかやらされますけど、大人になって使ってる人なんていないですよ。それが必要かね?」

 これがネットで「そうだ、そうだ」とウケているのだそうだ。しかし、高度な数学を活用する経済理論を駆使する財政政策を司る財務大臣が、こんな発言をしてもいいものか。


■コロナが鮮明化


 麻生発言を聞いて、こんな時代を予言した稀代の名著を思い出した。森嶋通夫の『なぜ日本は没落するか』(岩波書店、1999年)である。著者の森嶋は、「経済学の教育が不十分だと、社会現象を論理的に分析する能力を持たなくなる」として、オックスフォード大学の政治家育成コース“PPE”が政治学(politics)、哲学(philosophy)、経済学(economics)を同時に専攻させることを絶賛し、「日本で政界入りする人は、そこまでの経済学の力を持っていない」と述べ、日本は政治の貧困によって没落すると、同書で下記のように指摘していたからだ。

「政治が悪いから国民は無気力であり、国民が無気力だから政治は悪いままでおれるのだ。こういう状態は、今後50年近くは確実に続くであろう。そのことから私たちが引き出さねばならない結論は、残念ながら、日本の没落である」

 この予言から23年が経った2021年。政治の貧困によって、日本が明らかに没落への道をたどっていることを、新型コロナウイルスが鮮明化させている。緊急事態宣言が3度繰り返され、飲食店や各種小売店が次々と廃業・倒産に追い込まれている。にもかかわらず、ワクチンの接種は遅れに遅れ、コロナの流行が終息する見通しは一向に見えてこない。東京五輪の中止・再延期を求める世論は日増しに高まり、唯一の同盟国である米国でさえも、日本への渡航中止を自国民に勧告した。それでも政府は東京五輪開催に向け暴走を続けている。

 今こそ、経済学の世界的な泰斗(すごく偉い学者)の手による「予言の書」の真髄を理解し、彼が鳴らした警鐘に耳を傾けるべきではないか。


■ノーベル賞クラス


 数理経済学者として世界的な名声を博した森嶋は、ロンドン・スクール・オヴ・エコノミクス(LSE)の看板教授を1970年から88年まで務め、04年に80歳で逝去するまでLSEと大阪大学との名誉教授だった。

 京都大学大学院在学中の研究成果をまとめて、27歳で著した処女作『動学的経済理論』は、46年後の1996年に英訳されケンブリッジ大学出版局から出版されたほど、世界的にも極めて独創的な業績だった。また、『Equilibrium, Stability and Growth』(1964)、『Theory of Economic Growth』(1969)、 『Marx's Economics』(1973)の経済成長理論三部作は、ノーベル賞クラスの業績であり、実際、ノーベル経済学賞の候補に少なくとも2度なっている。

『なぜ日本は没落するか』を書くきっかけとなったのは、1997年にオーストラリアの大学から日本の将来を議論する会議での講演を依頼されたことだという。同書は80年代のバブルが崩壊して引き起された「金融危機」が、「太平洋戦争開戦当時に日本を取り巻いていた危機に匹敵する」と考えていた森嶋が、1998年から52年後の2050年に日本がどうなっているかを真剣に考えた“結論”である。

 では、森嶋の論考の中身をじっくり紹介していこう。なお、同書には1999年刊行の単行本版、2005年刊行の著作集版、2010年刊行の文庫版があるが、筆者は単行本版を参照した。


■教育改革で生じた断層


 森嶋の主張は、戦後の教育改革が完全に失敗し、日本を没落させる原動力となったというものだから、小学1年から戦後教育を受けた者が人口のほとんどを占めるようになっている現在の日本は、まさしく没落の途上にあると言える。

 日本の学校教育は敗戦後、占領軍の命令によって、自由主義と個人主義とを根幹とするように決められた。それを明文化したのが1947年制定の教育基本法である。しかし、当然ながら戦後の思想教育、つまり自由主義と個人主義は、それまでの全体主義、国家主義の教育をしていた教師が教えることになる。

『教育勅語』を丸暗記させられた世代の教師たちは自由主義、個人主義について無知に近かったので、自由主義、個人主義とは何であり、何でないかが学校の教室で徹底的に議論されることはなかった。その結果、小学1年から大学卒業まで戦後教育だけを受けた純粋戦後派でも、「しっかりとした思想的核心を持ちえなかった」のだ。

 また、戦後日本社会の性格も、戦前とほとんど変わらなかったと森嶋は言う。

「戦後の日本経済は戦争中の(総動員)体制の平時版と見てよいほど、戦時体制に酷似していた。同時に日本の政治体制も政治勢力も、戦前回帰的であった。さらに重要なことには、このような組織を動かしていくイーソス(精神、ethos=エートス)は、極めて日本土着的であった」

 そうした社会環境で育った戦後世代が教師となり、自由主義や個人主義を履き違えて教えていった結果、「利害に対して自己中心的で、自分の主張がなく常に多数派に与し、拝金主義的で快楽主義的」なイーソスが戦後世代に根付いてしまい、民主主義の担い手も資本主義の担い手も現れなかったというのである。

 加えて、教育改革によって戦後日本には、「大人の社会(保守的、日本土着的)」と、「青少年の社会(進歩的、西欧的)」の間に大きい断層が生じてしまった。だから、「学校教育を終えた青年は、大人の社会の入り口で戸惑い、失望した」のである。つまり、戦後社会は、保守的、日本土着的な大人の社会を、青少年の社会に合わせて進歩的、西欧的にすることもなければ、青少年に対する教育を大人の社会に合わせて保守的、日本土着的にすることもなく、大人の社会と青少年の社会との乖離を維持してしまったという。


■「世襲」と「党人派」の議員


 一方で日本の政界は、乖離の歪を抱えたまま、ひた走ってきた。

 特に、「日本土着の村落共同体を運営する仕方にこだわって」きたのが日本の保守政党である。合理的運営を避け、他の派閥と提携するための金権政治は後を絶たない。「政治家にとっては主義主張はどうでもよい、すべては金である」。その結果、「戦後教育を受けた(中略)多くの日本の若い人は政界に背を向けてしまい、政治家の家に生まれた二世だけが人材の主要補給源になっている」と森嶋は指摘しているが、その弊害はますます拡大している。

 1993年の政権交代で登場した細川護熙から2021年5月28日現在の菅義偉まで14人の総理のうち、世襲議員は実に9人に上り、この全期間10155日のうち世襲議員総理の在職期間は合計で8024日(79.0%)を占める。対照的に、それ以前の1955年から38年続いた「55年体制」における自民党単独長期政権(14023日)の16人の総理のうち、世襲議員だったのは最初の鳩山一郎と最後の宮澤喜一の2人(1288日、9.2%)だけだった。

 また55年体制の崩壊以降に台頭した「党人派」政治家の弊害も、森嶋は当時から的確に指摘している。「55年体制」の下の16人の総理は8人が官僚出身で8人が党人派であったが、細川護熙以降の14人の総理は全員が党人派である。党人派の政治家は戦後世代であったにもかかわらず、選挙で勝たねば地位をうしなってしまうために、選挙区に強い影響力を持つ地方の古老にコントロールされている。政策通が遠ざけられ、利権の争奪戦によって疲弊を繰り返す政治を、森嶋は1998年の時点でこう嘆く。

「日本の政界の倫理は党人派の時代がくるとともに近代以前に逆戻りしてしまった(中略)こうして日本の政界の倫理は遂には、ムラ社会の感覚や哲学によって支配されるくらいにまで、地に墜ち堕落してしまったのである」

 日本は今、「官邸主導」「政治主導」と言われるが、コロナ禍の有事(党人派が好きな言葉では緊急事態)において、それは全く機能していない。そうなることを森嶋は1998年当時、すでに的確に予見していたのであろう。


■「保守化、土着化せよ」


 さらに、森嶋が同書を執筆していた1998年の時点で、日本の保守化、右傾化に警鐘を、とうに鳴らしていた。

「最近には、子供教育の理念をもっと保守化、土着化せよという動きが一部に起こってきている。不況が続けば、こういう動きは強くなる」

 森嶋の予言のとおり、2006年には党人派の世襲政治家である安倍晋三首相(当時)によって教育基本法が改正され、「わが国と郷土を愛する態度を養う」という表現が盛り込まれた。教育基本法の改正は、やはり党人派の世襲政治家である小泉純一郎首相(当時)の下で、2004年に提出された保守的な教育改革案「甦れ、日本!」の延長であった。そして、安倍晋三が首相復帰を目指した2012年の衆議院選挙の際の自民党のキャッチ・コピーは、戦前回帰を匂わす「日本を、取り戻す。」だった。

 そうした戦前回帰的な政治は、ムラ社会の論理に基づく腐敗を発生させても、「新しい組み合わせを作り出す」という本当の意味でのイノベーションを発生させない。その結果、小泉そして安倍の安定した長期政権の下でも、「実感のない景気拡大」が続いただけで、経済が本当に活気付くことはなく、日本は「政治的没落」の罠にはまったままなのである。

 実際、ムーディーズによる日本国債の格付は、『なぜ日本は没落するか』が執筆された1998年に最上位のAaaから1段階下のAa1へ格下げされた。その後も格下げが続き2007年には上から5段階目のA1となった。2009年には、上から3段階目のAa2に格上げされたが、安倍内閣下の2014年には再びA1に位置することとなった。これは中国国債と同じ格付である。


■「戦争に協力することだろう」


 また、森嶋はこう述べている。

「『政治的没落』の罠からどうして脱出するかが、日本の中心問題でなければならない。私はそのためにはアジア共同体の形成以外に有効な案はないと考えている。しかし日本人はそのような案を好まないようである。現在の日本人ですらアジアの中でお高くとまりたがっている」

 23年後の今も、日本人は相変わらず、アジアの中でお高くとまりたがっている。お高く止まることで、日本が没落しつつある現実から目を逸らし、「せいぜいよくて、人々が過分の物質的生活を享楽して時を潰すだけの国に終わってしまう」という森嶋の予言を成就させようとしている。

『なぜ日本は没落するか』に記された数々の予言は、23年の時間の経過の中で、次々と現実化してきているが、まだ現実になっていない予言の中で、最も恐ろしいものを引用しておこう。

「今もし、アジアで戦争が起こり、アメリカがパックス・アメリカーナを維持するために日本の力を必要とする場合には、日本は動員に応じ大活躍するだろう。日本経済は、戦後―戦前もある段階までそうだったが―を通じ戦争とともに栄えた経済である。没落しつつある場合にはなりふり構わず戦争に協力するであろう」


■戦後世代には難解か


 ここまで日本の致命的な欠陥を抉り出しながら、『なぜ日本は没落するか』の書評は、2001年に『経済社会学会年報』、2005年に『経済セミナー』、2010年に『日本経済新聞』に掲載されただけで、同書がそれほど反響を呼ばなかったことを示唆している。なぜ森嶋が鳴らした警鐘は、重視されてこなかったのだろうか。

 1923年生まれの森嶋は、1943年に学徒出陣で動員され、「特攻隊が飛び立って行く基地で、絶望的な物量差と技術差に直面しながら、日本をどうしたら守れるか、国を守るとはどういうことかを考えた」(『日本の選択』岩波書店、1995年)という。そうした経験をした森嶋は、80年代のバブルが崩壊して引き起こされた日本の金融危機を、「太平洋戦争開戦当時に日本を取り巻いていた危機に匹敵する」(この記述は単行本にあるが文庫版では削除されている)と考えていた。こうした深く鋭い問題意識から、1998年から52年後の2050年に日本がどうなっているかを考えぬいた結果が、『なぜ日本は没落するか』だったのだ。

 森嶋は、旧制高校2年生(18歳)の頃、全体主義的な国家観を否定する多元的国家論を展開した高田保馬(やすま)『社会と国家』(岩波書店、1922年)を読んでいた。そのとき同じ下宿に住んでいた同級生は、法律と政治の立場から国家学を展開した尾高朝雄『国家構造論』(岩波書店、1936年)を読んでおり、「夕食後、どっちかの部屋に座り込んで長い間議論を何度もした」という。その後、森嶋は京都帝国大学経済学部に入り高田の指導を受け、その同級生は東京帝国大学法学部に入り尾高の指導を受けた。

『なぜ日本は没落するか』は、意図せずして、森嶋と同じ水準の知的トレーニングを10歳代後半で受けた人たちに向けて書かれており、エリート主義を否定した戦後教育の下でそうしたトレーニングを受けていない戦後世代の大半にとっては難解すぎたのかもしれない。


■代表は小泉進次郎


 最後に、同書の特徴である社会の土台である人口の変化に焦点を当て、将来予測のカギとする部分を紹介したい。

 日本では官界のトップ(事務次官)になるのは概ね55歳ごろ。また財界のトップ(社長)になるのは、65歳ごろである。そして政界のトップ(派閥ボス)に相合しい年齢は70歳。2050年にそれぞれの年齢になるのは、森嶋がこれを執筆していた1998年の時点で3歳と13歳と18歳の前後の青少年である。

「彼らが52年後にどんな人間になっているかを推定すれば、2050年の日本社会の土台の主要メンバーを推し測ることが出来る」

 そう考えれば、2050年に政界の主要メンバーを輩出する世代の代表は、1998年に17歳であった小泉進次郎・衆議院議員である。彼は今、世間から将来の首相候補と目されている。しかし、森嶋の警鐘を真剣に捉えずに、今の劣化した政治システムが続くのだとしたら、世襲政治家にして党人派の小泉進次郎が政界で強い権力を握るころに、日本は没落しているのである。

註:文中で敬称は全て略した。森嶋通夫『なぜ日本は没落するか』は、1999年に単行本版、2005年に著作集版、2010年に文庫版が、それぞれ岩波書店から刊行された。小宮隆太郎・東京大学名誉教授およびヒュー・パトリック・コロンビア大学名誉教授との論争は、単行本版にだけ収録されている(2〜9ページ)。

田代秀敏
エコノミスト。一橋大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学(経済学修士)。一橋大学国際共同研究所客員研究員、みずほインベスターズ証券調査部エコノミスト、日興コーディアル証券国際市場分析部部長、大和総研主任研究員、ビジネス・ブレークスルー大学経営学部グローバル経営学科教授を経て現在、シグマ・キャピタル株式会社チーフ・エコノミスト。著書に、『中国経済の真相』(中経出版:2013年)、『アベノミクスが引き金になる日本国債暴落のシナリオ』(石角完爾と共著、中経出版:2013年)、『中国「国防動員法」―その脅威と戦略と』(明成社:2011年)、『中国に人民元はない』(文春新書:2007年)、『沸騰する中国経済』(賀暁東・英華と共著、中公新書ラクレ:2002年)。

デイリー新潮取材班編集

2021年6月10日 掲載

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