小泉進次郎、名門「コロンビア大学院」留学は「特別なプロセス」 関係者が証言

小泉進次郎氏のコロンビア大学院留学に関係者が証言 「特別なプロセス」

記事まとめ

  • 小泉進次郎氏のコロンビア大学大学院留学は"特別なプロセス"だったと関係者が証言した
  • 進次郎氏は関東学院大学を卒業も、同大学に行くには圧倒的に成績が足りなかったという
  • 進次郎氏の入学のプロセスは、例外中の例外だとジャーナリストは解説している

小泉進次郎、名門「コロンビア大学院」留学は「特別なプロセス」 関係者が証言

小泉進次郎、名門「コロンビア大学院」留学は「特別なプロセス」 関係者が証言

セクシーな宰相を目指す?

 17年前のアメリカ留学がポエムの原点だったセクシー大臣と、唯一のMC番組の視聴率が急降下したその妻。何かと話題を振りまく二人はまさか夫婦(めおと)漫才のつもりではあるまいが、有権者と視聴者への人気取りが裏目に……。人生いろいろ夫婦もいろいろ、である。 

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「彼の頭の中には目的地に着くための高速道路しか描けていないんだよね」

 政策通で鳴らす自民党議員は小泉進次郎環境相(40)について、こう評する。

「ある政策を実現する時に彼は最短距離でたどり着こうとする。途中で渋滞しているから休憩しようとか、一般道から迂回していこうという発想がないから、いつもうまくいかないんだ」

 確かに世論調査では常に「次の総理にふさわしい人」の上位に食い込むが、ふと彼の政治人生を振り返った時、その「成果」を思い浮かべることはなかなか難しい。農協改革や国会改革は中途半端に終わり、戦後3番目の若さで環境相として初入閣後も、有権者の心に強く印象に残ったのは「ポエム」の数々ではないか。

 公の場で「反省が伝わらないことを反省」「一緒にノドグロ食べましょう」「46という数字が浮かんできた」と、意味不明な言辞を連発。とりわけ、2019年の大臣就任直後、国連の気候行動サミットで「気候変動問題はクールでセクシーに取り組むべきだ」と英語で発言した際は、国内外で失笑が洩れた。

 恥ずかしげもなく「セクシー」と発する彼を育んだのは、関東学院大学を卒業した04年から3年にわたって過ごしたアメリカだ。当時、父の純一郎氏は現職の総理大臣。進次郎氏は難関校・コロンビア大学大学院で研鑽を積み、外交の場で英語を披露できるほどの“力”を身に付け、政治の世界へ踏み出したのである。

 その経緯を検証すると、当時も彼が“最短距離”で渡米し、栄達の道を歩もうとしていた節が見受けられるのだ。

「進次郎さんが大学を卒業する前、関東学院大学文学部の教授から“うちの学生に総理の息子がいて……”と相談を受けたのです」

 と明かすのは、ホワイトハウス事情に精通する国際関係学研究所所長の天川由記子氏。その教授は英語音声学の専門家で、現在は同大の名誉教授だが、

「私とその教授は当時、日本英語音声学会で、年に数回顔を合わせる関係でした。話を聞くと“総理の次男である進次郎君がコロンビア大学大学院に行きたいと言い出した。ジェラルド・カーティス教授の下で政治学を学び、父の跡を継ぎたいと言っている”。ところが、天下のコロンビア大学に行くには圧倒的に成績が足りていなかったそうで“推薦状を頼まれたんだけど、どうしたらいいか”という相談でした」

 当時62歳になろうとしていた純一郎氏は、かねて65歳で政界引退の時期を決めると明言していた。カーティス教授はアメリカにおける日本政治研究の第一人者で、純一郎氏をはじめとする歴代総理や有力政治家と親交を結んできたことで知られる。進次郎氏は世界最高峰の大学院で学び、学歴に箔(はく)をつけた上で近い将来の禅譲に備えようとしていたのだ。さすが“クール”な方法である。

 だが、コロンビア大学といえば、ハーバード大学をはじめとした米北東部の八つの難関校、いわゆる「アイビーリーグ」の一校。世界大学ランキング(21年度)ではコロンビア大は17位で東京大学でも36位。コロンビア大の大学院ともなれば、世界中から優秀な学生が集まってくる。かたや、彼が所属していた関東学院大学経済学部経営学科の当時の偏差値は49。同大とコロンビア大の間には、血の滲むような努力をするか、あるいは“高速道路”を架けなければ渡れないほどの学力の差があった。例えば、同大大学院ではGPAと言われる大学時代の成績評価値が3・8以上、留学に必要な英語試験であるTOEFLは満点の677点中600点(日本の英検1級レベル)が合格要件となっていた。


■例外的な入学プロセス


 当時の関東学院大関係者が言う。

「大学の成績は上から優(4点)、秀(3点)、良(2点)、可(1点)、不可(0点)となっていて、進次郎さんの成績は学生の中でも平均的でした。TOEFLの成績は基準に大きく届かなかったと聞いています」

 天川氏が続ける。

「進次郎さんと面識はありませんでしたが、私は当時、日本で官房長官のアメリカ外交担当非常勤アシスタントを務めており、毎日ホワイトハウスと連絡をとっていました。そこで、まずはマイケル・グリーン氏に電話をしたのです」

 グリーン氏は当時、ブッシュ政権下で国家安全保障会議(NSC)の上級アジア部長兼大統領特別補佐官という要職にあった。

「すると、後にNSCアジア部長となるビクター・チャ氏を紹介され、“彼がコロンビア大で博士号を取得しているので詳しい。カーティス教授とも親しいから聞いてみて”と言われました。早速連絡すると“それは大変だ!”と大学院の選抜システムを細かく説明してくれました」(同)

 チャ氏は、コロンビア大学の大学院には多くの願書が届くので注意すべき点があると教えてくれた。

「アメリカの大学院に入るには幸いというべきか、大学時代の成績や試験の結果のみならず、推薦と将来性が有利に働きます。進次郎さんの武器は“父の跡を継ぎ、総理になる可能性があること”です。チャ氏は“小論文や推薦状で彼が政治家になることを強調するように”と教えてくれ、それを私から教授に伝えたのです」(同)

 そのアドバイスが功を奏したのだろうか。先の大学関係者が継ぐ。

「進次郎さんは条件付き合格となったそうです。その条件とは、TOEFLのスコアが600点に達するまでコロンビア大学内の語学講座で英語の授業を受けることでした」

 進次郎氏の公式HPのプロフィールには04年3月に関東学院大学を卒業したとあるが、コロンビア大学大学院の政治学部に入学した年については記載がない。

 先の関係者によれば、進次郎氏は1年ほど当地の語学講座で学び、修士課程をスタートしたのは05年9月という。アメリカの大学院で語学力が足りなかった場合、こうした「条件付き合格」は一般的に行われているのだろうか。

 同大学院に留学経験のある人物は、

「私は当時、TOEFLの点数がわずかに足りず、語学学校に通って600点相当の語学力のCertification(証明)をもらってこいと大学院から言われました」

 そう語る者もいる一方、留学事情に詳しいジャーナリストはこう解説する。

「コロンビア大の大学院入学にあたっては大学でのGPA、教授などの推薦状、志望動機、TOEFLのスコアや場合によっては学術論文の提出も求められます。このくらいの大学院だと、出願者はみなトップレベルのスコアや成績を提出してくるので、優秀な人たちだけで合格枠は埋まってしまう。特にコロンビアのようなトップ校では条件付き入学というのはそれほど多くなく、英語力の向上を1年も待ってもらえるというのは入学のプロセスとしては例外中の例外です」

 とはいえ、

「アメリカの大学院の審査基準は日本と異なり、点数よりも将来性が評価されます。卒業生の活躍が大学の評価を高めるという考えがあり、総理の息子だから、という要素は間違いなく影響しているでしょう」(同)

 大目に見ても進次郎氏は「特別待遇」だったようなのだ。

 進次郎氏と同時期にコロンビア大学大学院の政治学部に通った他国の研究者はこう言う。

「進次郎さんが入れたのは総理であるお父さん(純一郎)とカーティス先生との関係があったから、とはよく言われることです。先生にとってはまさに研究対象の人物ですからね」

 カーティス教授は日本の政治家の中でも故・加藤紘一元自民党幹事長と懇意にしていたことで知られる。加藤氏が16年に亡くなった際には、葬儀で弔辞も読んだほどだった。

 永田町関係者の談。

「加藤さんとは1975年に日米議員交流プログラムで出会い、02年に秘書の不祥事で辞職した加藤さんを特任教授としてコロンビア大学に招き、授業を持たせたことも。カーティスさんは学内で力を持っており、加藤さんの娘で現在、衆院議員の鮎子さんも、コロンビア大学大学院へ留学しています。カーティスさんは加藤さんや『YKK』として盟友だった純一郎さんとも食事をする仲でした」


■“人質だよ”


 晴れてカーティス門下生となった進次郎氏の在籍学部は非常に厳しいところだった。

「政治学部は1学年30名程度で少数精鋭です。日本人を含め人種はさまざまで、学部内は二つのプログラムに分かれています。博士課程に進むプログラムと、1年で修士号を取得するだけのプログラムです。進次郎さんは後者に在籍していました。授業は両プログラム一緒で、修士論文はありませんけど、授業でレポートをたくさん書かされ、授業後には教授の助手的役割を果たすTA(ティーチングアシスタント)とのディスカッションで授業の感想などを求められます。進次郎さんも“3時間睡眠で頭が痺れるほど勉強した”と話していました」(先の研究者)

 ともあれ、猛勉強の末、06年5月に政治学での修士号を取得した進次郎氏はワシントンにあるシンクタンク、外交・安保に関する政策提言を行う戦略国際問題研究所(CSIS)に就職する。彼はここでも下駄を履かされていたという。在米ジャーナリストによれば、

「彼が所属していた日本部は職員と秘書合わせて5〜6人しかいませんでした。その狭き門を突破するには、博士号を持っていた方が入りやすく、かつ、然るべき人からのCSISへの推薦が必要で、その推薦者を見つけるのが至難の業なのです。進次郎さんの場合はカーティスがCSISの日本部長でもあったグリーンに口利きし、入所しています」

 先の天川氏も、

「当時、グリーン氏は、進次郎さんの就職について、カーティス教授から紹介されたと言っていました。私が“博士号を持っていないのに、よく採用したね”と言うとグリーン氏は“人質だよ”とニヤッと笑っていました」

 日本政界との関係をうまく築くため、あるいは対日外交を有利に運ぶため、文字通り、現職総理の息子を「人質」にとったわけか。

 CSISの研究員は平均3年務めるのが普通だが、彼は07年に入所からわずか1年で退所し、帰国。純一郎氏の跡を継ぐために次期選挙へ向けた地元回りを始め、09年に初当選した。

 政治家・小泉進次郎の礎を築いたアメリカ留学。しかし、その実態は「上級国民」の彼でしか経験しえないものだったのだ。

 一連の事実関係を小泉事務所に聞こうとするも、一切回答せず。

 大学院入学について、天川氏に相談した関東学院大学名誉教授にも尋ねた。

「そもそも進次郎さんは私のゼミ生ではありません。大学3年時に彼のほか20人程度の学生とオーストラリアへ短期留学した際に引率したのが私で、それまで接点はありませんでした。その後、コロンビア大学大学院への推薦状を書いてほしいと依頼されたのは事実です。天川さんに推薦状の話はしたかもしれませんが、アドバイスを受けた記憶はありません。また、進次郎さんの成績については知る由もありませんし、彼が大学院で何を勉強したいのかも聞いておらず、A4一枚程度の定型の推薦状を書いただけでした」

 さらに、条件付き合格の報告はあったのかと聞くと、

「合格についての報告はありませんでした」(同)

 大学院進学の理由も話さず、推薦状を書いてもらいながら合否の報告すらナシ。いくら進次郎氏が天然でも、そこまで非礼なことをするだろうか。

 一方のカーティス教授は、

「小泉進次郎のコロンビア大進学にあたり、私にコンタクトしてきた人は誰もいません。彼は大変努力し、すばらしい成長を遂げました」

 と、教え子を庇う。

 CSIS関係者が言う。

「進次郎さんがCSISに入ってすぐ、ワシントンで開かれたシンポジウムでは彼は初対面の方にも“Hey!”と声をかけていました。日本語なら“おい!”と言っているようなものです。グリーン氏も“上司の僕にも言うんだよ”とこぼしていましたね」

 政治家としての道のりを最短距離で駆け抜けてきたゆえ、自身を大きく見せようと必死に背伸びを繰り返す進次郎氏。

 周りの大人たちが汗をかき、苦労や思惑が交錯し用意されたビクトリーロードは、うらやましい限りだが、無論、それが日本政治のためになればいい。現下の彼にそれが活かされているといえるだろうか……。


■「滝クリ」唯一のMC番組が消滅


 2年前の夏、小泉進次郎環境相との結婚会見を官邸で開いたのが夫人の滝川クリステル(43)である。彼女がテレビで唯一メインMCを務めるのが、毎週月曜22時から放送されているTBS系の「教えてもらう前と後」だったが……。

 17年、鳴り物入りで始まったこの番組は、滝川と博多華丸・大吉が「知のビフォーアフター」と銘打って、硬派な話題を専門家が解説し、意外な雑学を紹介するという情報バラエティだった。当初は火曜20時で放送され、初回では北朝鮮やトランプ米大統領などをテーマにしながら、平均視聴率は12・2%と好調なスタートを切っていた。

 しかし、ジリジリと視聴率は下がり、暗雲が垂れ込めたのは今年の4月のこと。

 番組関係者が言う。

「火曜21時からTBSで放送されている『マツコの知らない世界』の視聴率が好調だったので、直前の時間帯もより強化するため滝川さんの番組を新番組に差し替えることになったのです。そこで、彼女の番組は月曜22時に移動することになりました」

 すると視聴率が急降下。最近では2%台に落ち込むこともあり、

「9月で打ち切りとなります。収録で進次郎さんのことや結婚生活を芸人らがいじるのはNGだったので、それも視聴率に影響したのかもしれません」(同)

「週刊新潮」2021年8月12・19日号 掲載

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